書評「残業の9割はいらない」

本間浩輔
光文社

2018-07-18

 

キャッチーなタイトルに気をひかれがちだが、本書は残業の減らし方のみにフォーカスしているわけではなく、ヤフーが挑戦している働き方改革全般の解説を通じて、日本型雇用の行く末を示唆する良書だ。

では、著者の考える働き方改革の本質とは何か。それはズバリ「成果主義の徹底」だ。

なぜなら、この制度の裏側には「成果主義の徹底」というコンセプトがあるからです。「時間にとらわれずに自由な働き方をしてください。だけど会社はあなたの成果をもとに評価しますよ」というのが、ヤフーの進めようとしている働き方改革にほかなりません。会社は社員に対して、拘束時間の対価としてではなく成果の対価としてお金を払う。そういう考え方に立っていると言っていいでしょう。

と聞くと、人事に詳しい人などは「本当にそんなことが出来るの?」と思う人も多いだろう。というのも現状、日本企業の評価制度はほぼ形骸化しており、当たり障りのないB評価で固めたり、評価面談も上司と部下の間で年数回行われる“儀式”になってしまっている企業がほとんどだからだ。

成果主義を貫くためには、社員の評価が適正になされていることが大前提となりますが、そのための目標管理制度(MBO)を今の日本企業で正しく機能させるのはかなり困難だからです。詳しくは後述しますが、企業の人事担当者の中で「わが社の成果主義はうまくいっている」と胸を張って言える人は皆無なのではないでしょうか。むしろ「わが社のMBOは形骸化している」というのが実際の感覚だろうと思います。

でも後戻りはできない。グローバルな競争で勝ち残るためには社内制度を世界標準の方に寄せていき、優秀な人材を囲い込む以外にはないからだ。本書に登場する優秀なインド人エンジニアのセリフはストレートだ。

「本間さん、この会社ではなぜ、夕方6時に仕事を終えて帰る人よりも、仕事が遅くて夜中まで会社にいる人の方がたくさんお金をもらえるのか。その理由が僕にはわからない」

では目標管理が日本で機能しづらい原因とは何か。それはずばり賃金制度の違いにある。

米国企業の多くでは、ポジションに応じて「ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)」という文書が作られ、具体的な職務内容、職務の目標・目的、責任や権限の範囲、そのポジションが有する社内外の関係先、必要とされる知識や技術、資格、経験、学歴などが克明に記されます。これにより、そのポジションに就く社員が遂行すべき仕事や出すべきアウトカムがはっきりしますし、社員の評価もやるやすくなります。

かたや、職務記述書どころか「入社するまでどこに配属されて何の仕事をするのかすらわからない」会社丸投げ方式の日本だと、会社はせいぜい、社員が仕事に投入した時間を買い取るくらいしかできない。早く終わったら暇なのかと思われ追加で仕事を振られ、花見の席取りといった雑用まで降ってくる。

こういう風土のままでは目標管理はワークしないのは当然だろう。筆者自身も常々口にしているように、残業抑制や高プロといった一連の働き方改革の本丸は業務範囲の明確化であり、逆に言えばそれさえ実現できれば、後の問題はほっておいてもかなり改善が見込めるということだ。

「職務記述書なんか作って仕事を切り分けたら、日本企業の強みであるチームワークがボロボロになるぞ」みたいなことを言う日本型経営信者の皆さんには少々ショッキングな現実も紹介されている。

2001年に日本企業と欧米企業で働く従業員を対象に行われた調査では、「職場の仲間が仕事に行き詰まったり、困っていたりしたら助け合いますか」という問いに、日本企業の場合は「YES」が48%と半数にも及ばず、「NO」が31%もありました。これに対し、欧米企業では「YES」が78%、「NO」は7%です。

日本型経営における“チームワーク”なるものは、皆が明るい未来を信じて疑わない状況ならワークするものの、成長が停滞し始めると一転して「ババの押し付け合いになる」というのが筆者個人の感覚だ。

以下、私見。

本書を読んで強く印象に残ったのは、これから日本企業の浮沈を決めるのは人事制度改革の成否ではないか、ということだ。少なくとも10年後に組織として活躍できているのは、上手く成果評価に軸足を移せた企業だけだろう。そして、ヤフーがその最有力候補であるのは言うまでもない。


編集部より:この記事は城繁幸氏のブログ「Joe’s Labo」2018年8月4日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はJoe’s Laboをご覧ください。