当方は1990年代、米国の100ドル紙幣の偽造問題について取材したことがあった。最終的には、北朝鮮が国家プロジェクトとして偽造紙幣に乗り出していることを突き止めた。彼らは偽造紙幣の品質向上に腐心していた時期だった。取材では、北が独ミュンヘンで紙幣鑑定機を密かに購入したという情報を入手した。
紙幣鑑定機は紙幣の真偽をチェックする機械だ。偽造紙幣をその鑑定機に通過させ、ブロックされずに通過できれば、その偽造紙幣はスーパーノートということになる。独製「紙幣鑑定機」は米紙幣だけではなく、日本円や他の紙幣を同時に鑑定できる機械だった。
紙幣鑑定機の会社名、機種が判明したので、「北が米紙幣の偽造に乗り出している」との記事を書いて送った。すると、平壌の「大聖銀行」出向社員だった北のビジネスマンから抗議と脅しを受けた。その反応の速さから、「紙幣鑑定機購入情報」が正しかったという感触を得た(同ビジネスマンは後日、投資で巨額の資金を失ったという疑いをかけられ、北に家族と共に強制帰国させられた)。
米情報機関は昔、アフリカだけに流通する米紙幣をつくり、アフリカ大陸で流通させていたことがある。それらの米紙幣には特殊なインクが使用されていたため、直ぐにどこから流れてきたかを掴むことができた。組織犯罪グループ対策にも利用されていた。
なぜ、北の米ドル紙幣(スーパーノート)に関する記事を今、思い出したかというと、偽造紙幣犯罪が近い将来、死滅するだろうと感じ出したからだ。なぜならば、「電子決算」が今後、世界のビジネス界を益々拡大していくからだ。文字通り、キャッシュレス時代だ。偽造紙幣はもはやノスタルジー以外のなにものでもなくなってきたのだ。
偽造紙幣に関与していた組織犯罪グループは商売できなくなり、廃業に追い込まれる。電子決算がまだ導入されていない地域に偽造紙幣を流通させる可能性は考えられるが、これも時間の問題だろう。
偽装紙幣に関与してきた組織犯罪グループは早急に製造済みの偽造紙幣を市場に大量に流すだろうから、偽造紙幣が今後、一時的に頻繁に市場に出回る可能性は考えられる。北朝鮮は監視が厳しい偽造米紙幣から中国の人民元紙幣の偽造に焦点を合わせてきているという情報も流れている。
先日、スーパーで買い物を終えて支払いを待っていた時、青年が電子決算(モバイルペイメント)で支払っているのを目撃した。電子決算は通常スマホに決済アプリをインストールし、そのアプリを支払いの際に表示し、アプリに指定した金額をチャージする。QRコードをかざすだけで、支払いを済ますことができるので、通称QRコード決算と呼ばれるという。
電子決算が広がれば、決算時の情報は記録されるから、汚職や犯罪防止にも役立つ。現金の強盗や詐欺も少なくなる。中国では世界で一早く電子決算が進んでいる背景には、電子決算が容易である一方、犯罪対策に役立つという面があるからだという。換言すれば、偽造紙幣の防止対策ともなるからだ。ちなみに、中国では2016年、電子決算された総額は3兆ドルにもなるという。この分野では米国や日本を大きく引き離しているという。
電子決算の場合、信用調査機関が通常、ユーザーの信用度を査定する。信用のない利用者はハンディを背負う。電子決算時代は‘信用‘が益々大きな財産(信用スコア)となるわけだ。
北朝鮮は最新の紙幣印刷機を西側から購入し、それを駆使して「偽造紙幣」を密かに製造してきたが、キャッシュレス時代を生き抜くために不可欠な「信用」を得ることは並大抵ではない。
西側の治安関係者は「北が無策でいるはずがない。電子決算の世界に介入し、不法な情報操作、アクセスなどサイバー攻撃に乗り出すはずだ。北がハッカー専門部隊を設置しているという情報はそれを示唆している」と教えてくれた。
ロイター通信は今年初め、北のサイバー攻撃の実態を報じたが、それによると、「北は2016年、バングラデシュ中央銀行や、ビットコインやイーサリアムのような仮想通貨取引へのサイバー攻撃で数百万ドルを稼いだ」という。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。