「僕はゲイ」では難民認定に不十分?

長谷川 良

18歳のアフガニスタンの青年がオーストリアで難民申請した。理由は「自分はゲイだ。故郷に戻れば拘留され、虐待され、生命の危険がある」というものだった。審査の結果は「青年が『ゲイ』であることを実証できなかった。故郷に戻っても恐れることはない」として難民認定が却下された。強制送還を受ける危険性のある青年は即、審査結果を不服とし、控訴することになった。

同性愛者のシンボル、レインボーフラッグ(ウィキぺディアから)

青年を審査したヴィーナー・ノイエシュッタト難民審査所の審査報告書によると、「本人はゲイと主張しているが、その歩き方、ふるまい、服装などから、ゲイであることを十分実証していない」「彼には潜在的攻撃性がある。通常、ゲイの場合はそうではない」、「彼は友達がいない。ゲイは通常、もっと社交的だ」などの理由から、難民申請書は却下されたというのだ。

その審査内容がメディアに流れると、独週刊誌シュピーゲルや英紙ガーディアンなどが一斉に「青年は難民認定を受けるほど十分なゲイではなかった」と、オーストリア側の難民審査結果を報じ、難民審査官のゲイに対する偏見を面白半分に報じた。

欧州司法裁判所は、「難民がゲイで、その難民の母国がゲイを虐待している場合、難民認定を受ける資格がある」という判断をこれまで下してきた。アフガン青年が本当にゲイの場合、オーストリアで難民認定を受ける資格はあるわけだ。しかし、「彼がゲイだという証拠が不十分だった」というわけだ。

参考までに、ゲイなど同性愛者が国内で迫害され、生命の危険がある国は、アフリカ、アラブ諸国、イラン、パキスタン、アフガン、そしてロシアなどだ。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の1951年のジュネーブ難民条約によれば、難民とは「人種、宗教、国籍もしくは特定の社会的集団の構成員であること、または政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けられない者またはそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まない者」と定義されている。その条約に合致した難民を「条約難民」と呼ぶという。簡単にいえば、「人種、宗教、政治的な理由で母国で迫害され、生命の危険がある人」ということになる。

例えば、2015年に中東・北アフリカから100万人以上の難民が欧州に殺到したが、各国が難民申請者に対しジュネーブの難民条約に基づいてその審査を行う。豊かな生活を願って欧州にくる難民は「経済難民」とみなされ、難民審査で認定されない。難民認定率は年々低くなってきている。

難民の中には難民認定を得るために「政治的に迫害されてきた」といった嘘をいう者が出てくる。難民審査官にとって、言語の問題のほか、パスポートや身分証明書を持参していない難民が少なくないため、その難民申請の是非を判断することは簡単ではない。

この18歳のアフガン青年の場合、青年が本当にゲイかどうかを審査することは難しいだろう。性的指向を知るために心理テストをすることは禁止されているから、本人の告白と振舞い方などを総合的に判断する以外にない。ちなみに、アフガンの青年を審査したヴィーナー・ノイエシュタットの難民審査官は、メディアで審査内容が報じられた直後、その職務から解任されている。

ところで、アフガン青年が「ゲイ」という理由で難民認定を受けた場合を考えてみよう。それを聞き知った多くのアフガンの難民がその後「自分はゲイだ」と告白し、難民申請するケースが増えるだろう。アフガンから自称ゲイの難民がオーストリア国境に殺到する状況が生まれてくるわけだ。

オーストリア側は、「僕はゲイ」とカミングアウトだけでは難民認定されないということを難民申請者に知らせる意味合いから、18歳のアフガン青年の難民申請を却下したのかもしれない。

なお、オーストリア内務省は「個々の難民審査の結果には言及できない。ただし、UNHCRと連携し、同性愛者の難民申請者に対し、どのように対応すべきかについて、難民審査関係者の学習を予定している」という。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。