日本にキャッシュレス時代が来ることが、一瞬幻のように見えたときがあった。
それは約20年前、金融機関のキャッシュカードを用いたJ-Debit(ジェイデビット)と呼ばれる決済システムが導入されたときのことだ。
J-Debitは1999年にスタートし、2000年から本格稼働したが、当時はこれで一般の商店でのお買い物からレストラン、デパート、ガソリンスタンドでの支払いまで、対面での決済の大半がこのJ-Deibtで行われるようになる日がすぐに来るといわれ、決済革命という言葉が多くの書籍のタイトルや帯に使われたりした。
しかし、J-Debitを利用できるキャッシュカードは日本国内に4億枚以上発行されており、また、J-Debitの手数料は当時クレジットカードが5~7%の手数料であったのに比べるとせいぜい2%と大幅に低かったにもかかわらず、加盟店が増えず、期待されたほどの利用がなされないまま現在に至っている。
今、日本で中国のAlipay やWeChatPayあるいはインドのPaytm に対抗して、キャッシュレス時代を担う決済手段としてQRコードを使った決済システムがいくつか手がけられ始めている。しかし、その様子はJ-Debit開始時のデジャ・ビュを見ているようだ。
たしかに、報道されているようにQRコードの規格統一というところまでは金融機関の間で共通した取り組みが行われている。しかし、話をその先に一歩進めて、QRコードをどのような決済システムで使っていくかということに関しては、全然統一が取れていない。
横浜銀行は、はまPayという、お買い物等の際にQRコードを使って利用者とお店の口座間のお金のやり取りができるシステムをいち早く実現させたが、三菱UFJ銀行はMUFGコインでブロックチェーン技術を用いた格段に低コストの決済手段を今年度中にも始めようとしている。一方、みずほ銀行はJコインという、ブロックチェーンではなく既存の技術を用いたQRコード決済システムの導入を準備している。
自由主義経済の下なので、これらの新しい決済手段がしのぎを削るのは、競争原理が働いて良いことではあるが、今後これらのQRコード決済を使うお店の立場に立ってみると、決済手段の乱立はなかなか大変なことだ。
まずお店にとって、どのQRコード決済が自分たちにとって一番有利で望ましいものなのかわかりにくいし、銀行との付き合いで差し迫って導入の必要がなくても仕方なくその銀行が押すQRコード決済を導入せざる負えなくなることも考えられる。
また、今のSuicaやnanaco、WAONなどの電子マネーがそうであるように、利用者のためにお店の方でどの決済方法にも対応できるようにするとなると、それぞれのアプリをダウンロードして従業員に使い方を覚えさせ、日々の売上はそれぞれのQRコードシステムの売上を合計するなど、大変な手間がかかってしまう。お店としては、こんな面倒なQRコード決済など普及してほしくないと思うのではないだろうか。
金融機関同士が国内でライバル争いをして、お互いが十分にマーケットのシェアを押さえられないうちに、海外勢に席巻されてしまう危険もある。せっかくの努力が無駄にならないようにしてほしいものだ。
なお、日本がキャッシュレス化を進めるにあたって協調関係の確立を求めたいところがもう一つある。それは送金・決済を規制する資金決済法を所管する金融庁とクレジットカード取引などを規制する割賦販売法を所管する経産省だ。よく言われることだが、日本の役所は自分の所管する範囲に他省庁が口をはさむことを嫌い、かつ自分の所掌範囲の拡大を機会あるごとに目論むが、決済の分野でもこうしたことが起きているのではないか。
QRコード決済、クレジットカード決済、デビット決済など、すべてはモノやサービスの支払いをいかに便利でコストを抑えて行えるようにするかということが課題であり、クレジットカードを中心にキャッシュレス化を考えるとか、キャッシュレスの本命はQRコード決済だとかといった役所目線ではなく、利用者とお店の双方にとって決済手段の一番良い組み合わせは何かということを考えた上で、キャッシュレス社会を作っていく必要がある。
私自身、旧大蔵省・財務省に籍を置いた身なので、役所の間で真の協力関係を築き上げるのが大変なことはよくわかる。しかし、今こそオールジャパンの視点で、お互いに協力してキャッシュレス化に取り組むべきではないだろうか。