自由の擁護者たちが見落としていた、独裁者より怖いもの --- 小谷 高春

寄稿

今のアメリカ社会を理解するには、ジョージ・オーウェルの「1984」よりも、オルダス・ハクスリーの「すばらしい新世界」のほうが参考になると本書の著者は語る。この本の序文にはこう書かれている。(訳は筆者による)

「オーウェルは我々が外部から強制された圧制に支配されると警告した。しかしハクスリーは我々から自立と成熟という退屈な道程を奪うのにビッグブラザーは必要ないと見ていた。

彼の考えでは、人々は圧制を心から望むようになり、彼らの思考力を破壊するテクノロジーを熱烈に支持するようになる。

(中略)独裁政治に対抗するために警戒を怠らない市民的自由の擁護者たちや合理主義者たちは、人間の気晴らしに対する無限に近い欲求を見落としていた」

彼はテレビを中心とする映像文化を批判するが、意外だったのは、植民地時代の移民の識字率が高いことだ。1640年から1700年の間に、マサチューセッツとコネチカットに住んでいた男性の識字率は89%から95%の間だった。ちなみに、同地域に住んでいた女性の識字率は1681年から1697年に限れば、62%ぐらいの高さだったと推定されている。

偉大な教育者たちは、効果的な学習のためには子ども達に忍耐や努力などの美徳を教え込む必要があると考えてきた。しかし、それらの考え方に真っ向から反対するかのように、アメリカの教育番組「セサミストリート」は成功し、「教育とエンターテイメントは両立できる」という思想が、子ども達だけでなく、親や教師たちにも受けいれられていく。

著者は結論として、メディアリテラシー教育に期待をかけるが、映像文化の娯楽に対抗するのは、ジョージ・オーウェルが思い描いたような独裁者に抵抗するよりも難しいかもしれない。

「愉しみながら死んでいく」という題名で日本語訳も出版されている。

小谷 高春(こたに たかはる)元翻訳家
沖縄県在住