ローマ・カトリック教会の現在の混乱は、カルロ・マリア・ビガーノ大司教(77)が駐米大使時代の2013年6月23日、フランシスコ法王にセオドア・マキャリック枢機卿(88)が神学生、神父たちに性的行為を強いている事実を通達したが、法王は5年間余り、旧友のマキャリック枢機卿の性犯罪を隠蔽してきたという告発から始まった。
マキャリック枢機卿は2001年から06年までワシントン大司教だったが、その時、2人の未成年者への性的虐待が明らかになり、フランシスコ法王は今年7月になってようやく同枢機卿から全ての聖職をはく奪する処置を取ったが、それまでフランシスコ法王はマキャリック枢機卿の性犯罪を隠蔽してきたという内容だ。ビガーノ大司教は書簡の中で教会内のホモ・ネットワークの存在や腐敗問題にも言及し、ローマ法王、性犯罪を隠してきた全ての枢機卿、司教らに「教会の良き見本となるために辞任すべきだ」と主張している。
この告発は先月25日に公表された11頁に及ぶビガーノ大司教の書簡(8月22日付)の中にまとめられている。それ以後、バチカンをはじめ教会上層部は、ローマ法王の辞任を要求するビガーノ大司教支持派と、ローマ法王の潔白を信じ、法王を支援する側に分かれてきた。
特に、フランシスコ法王支持派のバチカン関係者、聖職者、信者たちはここにきてビガーノ書簡内容に抗議して立ち上がってきた。ローマ法王を最高指導者に仰ぐカトリック教会としては、そのトップが性犯罪の共犯者として批判され、辞任を要求されているとなれば、組織保持のためにも総動員して防戦する以外にないからだ。
ところで、ここにきて新しい書簡が現れてきたのだ。米カトリック教会広報CNSが7日公表したところによると、マキャリック枢機卿の性的問題について、2000年秋にはバチカンに報告されていたことを証明する書簡が出てきたのだ。マキャリック枢機卿は当時、ニューアーク大司教で、神学生と性的なコンタクトがあったというのだ。
新しい書簡はバチカン事務局人事担当の責任者(現在バチカン東方教会省長官)レオナルド・サンドリ大司教が2006年10月、ニューヨークのレムジー神父(Boniface Ramsey)宛てにニューアーク大司教区の神学セミナーImmaculate Conception の卒業生 に関する情報を要請した内容だ。同セミナーはマキャリック枢機卿が当時、責任を持っていた。
サンドリ大司教は、 レムジー神父が2000年11月、バチカン大使館宛てに書いた書簡内容に言及している。 ラムジー神父はそこでマキャリック枢機卿の神学生たちへの性的コンタクトを訴えたが、答えは得られなかった。
レムジー神父は書簡でマキャリック枢機卿の名前に言及していない点について、「余りにも厄介な問題が含まれていたからだ」と説明する一方、「6年前の書簡内容について、バチカンはその内容を知っていたことを裏付けている」という。すなわち、バチカンはマキャリック枢機卿の性犯罪について2000年11月の段階で既に知っていたことになる。ビガーノ大司教の主張を裏付けている。
それに対し、ケビン・ジョセフ・ファレル枢機卿(現在・バチカン「信徒・家庭・命の部署」長官)はマキャリック枢機卿の性犯罪について、「ワシントン大司教時代から知られていた」という主張を否定している。ファレル枢機卿は当時、ワシントン大司教区の補佐司教だった。同枢機卿は、「マキャリック枢機卿を訴える声を聞いたことはなかったし、マキャリック枢機卿から一度も嫌な言動を見たことがなかった。また、神学生が枢機卿の部屋に入ることを目撃したことがない」と証言。ただし、「マキャリック枢機卿のホモ性向については、ニューアーク司教区の同僚から2003年1月に聞いた」と述べている。
興味深い点は、米教会の枢機卿たちはビガーノ大司教の書簡内容には程度の差こそあれ反発していることだ。ニューアークのジョセフ・トービン枢機卿は先月27日、ビガーノ大司教のローマ法王辞任要求にショックを受け、「悲しいことだ」と驚きを隠せられない、といった様子だ。
不可解なのは、マキャリック枢機卿が2009年、ないしは10年にベネディクト16世から聖職の実践を禁じられ、公的な場所への参加を禁止されたにもかかわらず、同枢機卿はその後も旅行したり、講演して回っていることだ。
バチカン・インサイダーによると、マキャリック枢機卿は2012年1月と4月、そして13年2月、バチカンでベネディクト16世と会い、ビガーノ大司教とも何度か会っている。ただし、マキャリック枢機卿がベネディクト16世から聖職禁止の制裁を受けたという事実は当時、公表されていない。
ビガーノ大司教の書簡を裏付ける新しい書簡が出てきたことから、状況は次第に鮮明化してきた。新しい書簡内容が事実とすれば、フランシスコ法王の沈黙の理由が解ける。マキャリック枢機卿の性犯罪について、フランシスコ法王だけではなく、前法王ベネディクト16世(在位2005~2013年2月)、そして故ヨハネ・パウロ2世(在位1978~2005年)の3代のローマ法王がマキャリック枢機卿の性犯罪の事実を隠蔽してきたことになる。ローマ法王の信頼喪失につながる一大事だ。
27年間の任期を全うしたヨハネ・パウロ2世はカトリック教会にとってアンタッチャブルな存在だ。ベネディクト16世は生前退位し、バチカン内で住んでいる。フランシスコ法王がビガーノ大司教の書簡内容を認めることができないのはある意味で当然かもしれない。フランシスコ法王は2人の前任者、ヨハネ・パウロ2世とベネディクト16世の名誉のために沈黙せざるを得ないわけだ。
フランシスコ法王の身の潔白問題にメディアの関心が集まっている時にも聖職者の性犯罪に関する新しい事実が次から次へと明らかになってきた。
独レーゲンスブルク司教区は先日、同区で生じた聖職者の未成年者への性的虐待に関する報告書を公表した。それによると、2010年以来、95人の犠牲者が賠償要求を提出、そのうち60人が賠償金を受けたという。犠牲者の中には有名な「レーゲンスブルク大聖堂少年聖歌隊」(Domspatzen)の元メンバーたちが含まれている。これまで教会側が犠牲者に支払った賠償金総額は430万ユーロという。それらの巨額の賠償金がどこから拠出されたかは公表されていないが、その一部は平信者の献金から出たことはほぼ間違いないだろう(「独教会の『少年聖歌隊』内の性的虐待」2016年10月16日参考)。
編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。