FP、健康経営アドバイザー 加藤 梨里
人生100年時代注目の「未病」
長寿化にともなう定年の延長、公的年金の受給開始年齢の引き上げなど、ビジネスパーソンのキャリアプランにおいて、いかに長く健康で働くかは大きな課題になりつつあります。
そんななか、日本では健康でも病気でもない「未病」が注目されています。
そもそも「未病」とは何でしょうか? 未病への取り組みに特に力を入れている神奈川県では次のように説明しています。
「人の健康状態は、ここまでは健康、ここからは病気と明確に区分できるわけではなく、健康と病気の間で連続的に変化しており、その状態を「未病」といいます。」
つまり、何かしらの病気と診断されて初めて治療をしたり健康を意識したりするのではなく、日頃から心身の状態を確認し、健康維持に努めることが大切、という考え方です。
ただ健康的な生活を続けるのは、個人の努力だけでは難しいのも事実。そこで、新しいビジネスやまちづくりの面で、健康に暮らせるしくみづくりが注目されています。
10月12日に開催されたME-BYO(未病)シンポジウム2018では、未病マーケットを見据えた企業としての視点や取り組みについて3社が登壇しました。
健康マーケットは現役世代にも広がる?
味の素は、ライフスタイルやテクノロジーのトレンドの進歩とともに、未病や健康関連商品のマーケットが拡大すると分析。研究開発企画部・事業開発グループの野口泰志氏は、現在は健康食品やサプリメントの購買層である70歳代以降が中心であるマーケットが、将来的には40代後半から60代の現役世代もターゲットになりうるとの考えを示しました。
現役世代は一般的に、大きな健康課題はなく意識もしていませんが、少子高齢化に伴い定年延長などで長く働ける健康な体を維持することが必須になります。
また、共働き世帯や単身世帯の増加により、食材や食事のデリバリーサービスが拡大。同時にテクノロジーの発達によって電子レシートなど食事記録が進み、健康状態が可視化されやすくなります。心拍、歩行、音声などから、ユーザーに気づきを与えるデバイスやサービスの登場も考えられます。
こうした動きを意識し、同社は、「心と体の健康」を意識するサービスを開発していくようです。
健康になるほど安くなる保険
住友生命は今年7月から健康増進型保険「Vitality」を発売。南アフリカのディスカバリー社が開発した健康増進プログラムを、同社の生命保険・医療保険契約者に提供しています。契約者は年間864円のプログラム料を支払ってエントリーし、健康診断や運動などの健康につながる行動を行うことで、保険料が割引される仕組みです。
契約初年度の保険料を一律15%割引する代わりに、健康行動に応じたポイント制のステータスを認定。2年目以降はステータスに応じて保険料水準が変わり、ステータスが低いと当初よりも保険料が高くなるケースも出てきます。
つまり、健康的な生活習慣が続かないと、いずれ保険料が高くなることもあるわけです。健康行動を促すこれらの仕組みは、行動経済学の理論に基づいた設定のようです。
健康行動を続けやすいように、プログラム会員にはスポーツクラブ、ウェアラブルデバイスや血液検査が割引されるなどの特典を用意。1週間ごとの運動の目標を達成すると、スターバックスやローソンで、指定のドリンクと交換できるチケットを受け取れるしくみも備えています。
中小企業の人材確保にも健康が重要
AIG損保は、中小企業のリスク管理や健康経営の取り組みへのサポートを通じて、未病の普及啓発を行っています。未病を推進する神奈川県内では3万5千社の中小企業の契約者を擁し、労災リスクを補償する業務災害総合保険や従業員向けの医療保障などの保険商品の付帯サービスとして、同社のグループ会社であるT-PEC社の健康関連サービスを提供しています。同社の契約企業は、セカンドオピニオンサービスや24時間健康相談電話サービス、メンタルカウンセリングなどを利用できます。
また、営業担当や代理店を通して健康経営や働き方改革に関わるリスクコンサルティングも行っています。メールマガジンやセミナーを通して、これらに関する情報を提供したり、ウェブアプリによる健康経営簡易診断サービスを提供することで、中小企業の経営支援を行っています。
こうした支援は、中小企業ですでに働いている従業員の健康を増進し、生産性を高めるばかりでなく、採用面での好影響も期待されています。従業員の健康を確保することで離職を防止し、自社に対する信頼が上がることで、新しい人材の採用でもアピール材料になるためです。
同社の片山敦執行役員(傷害・医療保険担当)は、中小企業の人手不足が懸念される中、優秀な人材を確保し働き続けてもらう上で、企業をあげた未病への取り組みは企業としての持続的成長には欠かせないものとなると語っています。この観点からも、企業の健康への取り組みは中小企業において今後ますます重要になっていくでしょう。
未病で変わる商品やサービス
これらの企業に共通しているのは、「未病」という大テーマのもとに、従来の商品の常識を覆す商品開発に取り組んでいることです。食品であれば、おいしく栄養があるのは当然のことで、健康的な食生活を自分で簡単に確認し、維持できる仕組みを作ることが求められています。保険であれば、病気になったときに保険金や給付金を受け取ったり、就業中に事故や休業が起きたときに保険金がおりたりする、つまり万が一が起きたときに初めて役割を果たす商品ではなく、万が一のリスクそのものを低減できる商品やサービスに重点がシフトしてきているのです。
3社の担当者と登壇した経産省の江崎禎英・商務・サービスグループ政策統括調整官は、「高齢化で暗い社会がやってくると思われがちだが、それ(固定観念)をひっくり返したい」と期待を寄せていました。
長い人生で避けがたい病気や不調にどう備えるか、そのリスクをどれだけ軽減し、健康な時間を延伸するか。現代のビジネスパーソンが直面する課題は、「未病」をテーマとしたさまざまなアプローチから解決が望まれています。それとともに、企業が提供する商品やサービスの姿は、今後さらに多様になっていくのではないでしょうか。
加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、健康経営アドバイザー
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト
この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。
『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。