学ぶに相応しい時期はあるのか?

岩田 温

学生から「どんな本を読めばいいですか」と質問されることがあります。社会人を相手にした講演会でも同じような質問を受けます。話を聞いてみると、本を読もうという意識はあるのですが、今まであまり本を読んだ経験がなく、どこから読み始めればいいのかわからないと悩んでいる方が意外に多いのです。知的な向上心を持ちながらも、なかなか読書の世界に飛び込めない方が多いのは非常に残念なことです。

人間は読書によって、大きく成長できる生き物です。学ぶことによって人生が変わった二人の逸話を紹介します。

一人は中国の呂蒙という人物です。彼は『三国志』の時代、呉の国の武将でした。勇猛で知られる一方で、学問のない人物としても知られていました。君主の孫権は無教養な呂蒙を心配し、読書を勧めました。呂蒙は軍中にあって職務が多忙であり、読書する時間がないと断りました。いわば「時間がない」ということです。

しかし、孫権は『孫子』、『六韜』『左伝』といった書物を具体的に挙げ、読書するよう強く勧めました。このとき重要なのは、孫権が読むべき本まで挙げて読書を勧めたことでしょう。君主が直々に読書の指導をしたので、呂蒙は初めて学問に目覚めます。

猛烈に読書した呂蒙のところへ、魯粛という人物が訪れます。魯粛は『三国志』でファンの多い軍師・諸葛亮と互角に渡り合う知性派です。呂蒙の軍営を訪れ、共に酒を酌み交わします。当初、魯粛は呂蒙を小ばかにしていたのですが、呂蒙があまりに思慮深くなったために驚き、「呉下の阿蒙にあらず(無教養で知られた呉の蒙ちゃんとは大違いだ)」と驚きます。

これを聞いた呂蒙は応えます。

「士別れて三日なれば刮目(かつもく)して相待すべし(人物は三日会わずにおれば、どのような成長があるかもしれないのだから、全く新しい目でその人物と会うべきでしょう)」

知性派として知られる魯粛に対して、実に堂々たる返答といってよいでしょう。人は学問によって、読書によって成長することが出来ることを示す逸話です。

もう一人は、日本の太田道灌です。江戸城を築城した太田道灌は優れた武将であっただけでなく、歌道の達人でもありました。しかし、太田道灌といえども、生まれつき和歌が得意であったわけではありません。彼が歌道を学ぶことになったのは、ある強烈な経験があったためといわれています。

あるとき太田道灌が鷹狩に出かけると、折あしく、大雨になってしまいます。蓑(みの)を準備していなかった道灌はある農家に立ち寄り、蓑を貸してほしいと頼み込みます。

このとき道灌に声を掛けられた年若き女性は、何も答えずに山吹の花一枝のみを差し出しました。当然、山吹の花一枝で雨風をしのげるはずもなく、道灌は立腹したといいます。

この後、道灌の部下が山吹の花一枝を差し出した女性のこころを説明します。

彼女の念頭にあったのは『後拾遺和歌集』に収められた古歌でした。

「七重八重 花は咲けども 山吹の 実のひとつだに なきぞ悲しき」

(七重八重に花は咲くのだが、山吹には実の一つさえもないのがふしぎなことです。我が家には、お貸しできる蓑一つさえありません)

貧しくはあっても風雅であった日本人の感性に基づいた返答だったのですが、道灌は歌道に疎かったため、この女性の繊細な返答の意味がわからなかったのです。己の無知を恥じた道灌は、歌道を学び、歌道の達人と呼ばれるに至ったのです。

学ぶこと、本を読むことに遅いということはないと確信しています。

※このブログ記事は拙著『流されない読書』のあとがきをもとに執筆しました。

岩田 温
扶桑社
2018-09-21

 

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編集部より:この記事は政治学者・岩田温氏のブログ「岩田温の備忘録」2018年11月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は岩田温の備忘録をご覧ください。