韓国大法院(最高裁)が先月30日、戦後補償の個人請求権は1965年の日韓請求権協定で消滅することになっているにもかかわらず、4人の元徴用工の賠償請求を認める判決を下して以来、日韓両国では激しい批判合戦が始まった。厳密にいえば、日本側では「戦後の日韓関係を根底から覆す判決だ」(河野太郎外相)といった強い反発の声が高まる一方、韓国側は守勢に回っている、といった方が正しいだろう。
韓国中央日報は9日付で、「日本政府は強制徴用をめぐる韓国最高裁の判決に対し、本格的な国際世論戦を始めた。『韓国は国際法違反国家』として世界の在外公館を中心に全面戦争に乗り出したのだ。一方、韓国政府は最高裁の判決から10日ほど経っても政府の基本立場さえも示せない状況だ。 韓国政府は判決当日の先月30日、李洛淵首相の名義で『司法府の判断を尊重し、関連事項を綿密に検討する。関係部処、民間専門家と共に政府の対応を用意していく』という声明を発表した後、事実上、沈黙を維持している」と指摘、「反撃の日本政府」に対し、「沈黙を続ける韓国政府」という構図を紹介しているほどだ。
日本政府側がイライラするのは文在寅大統領が韓国大法院の判決後、沈黙を続けているからだ。日韓請求権協定を反故にする韓国大法院の判決の背後には文大統領の意向があることは明らかだ。
13人で構成されている韓国大法院の7人は文大統領の任命を受けた判事であり、李明博元大統領時代の判事は1人、残りの5人の判事は朴槿恵前大統領時代の任命だ。韓国でも司法と行政は分かれ、独立しているが、文大統領が任命した判事が大法院の過半数を占めている事実からみても、文大統領の意向が大法院判決に色濃く反映されると受け取って間違いないだろう。
それでは、なぜ文大統領は大法院の判決に関して最高指導者としてその考えを正式に説明しないのか。文大統領は1965年の「日韓請求権協定」を否定するだけではなく、最終的には1910年の「日韓併合条約」の無効を密かに模索しているからだろう。すなわち、大韓民国の建国は1948年から始まったのではなく、1919年の大韓民国臨時政府(3・1独立運動)にスタートしたという歴史観だ。しかし、文大統領も現時点でそのような考えを表明すれば日韓両国関係は吹っ飛んでしまうから、大法院の判決後は日本側の反応を慎重に分析するために沈黙を守っているのだろう。明確な点は、文大統領は日韓併合を「強制占領」と認識していることだ。
ちなみに、「説明責任」が求められているにもかかわらず「沈黙」しているのは文大統領だけではない。世界に13億人の信者を有するローマ・カトリック教会最高指導者ローマ法王フランシスコもその一人だ。法王は米カトリック教会のセオドア・マキャリック枢機卿の未成年者や若い聖職者への性的虐待問題を5年前から知っていた疑いがかけられている。それに対し、フランシスコ法王はこれまで説明もせず、沈黙の世界に逃れている(「法王、沈黙でなく、説明する時です」2018年9月5日参考)。
文大統領もフランシスコ法王も本来は寡黙な人間ではなく、饒舌だ。後者は“ペテロの後継者”であり、前者は牧会を受ける羊(カトリック信者)だ。その両者は語らなければならない時に沈黙を強いられているわけだ。
「沈黙は金」だが、「沈黙の悪用」は許されない。「説明責任」は本来、最高指導者が逃れることができない義務だ。ただし、文大統領の沈黙の中には日韓両国関係を吹っ飛ばす爆弾が潜んでいるだけに、日本側は慎重な対応が求められる。北朝鮮の非核化問題を抱えている時だけに、日韓両国の関係悪化は最悪のタイミングだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。