北へのスパイ容疑で仏上院職員逮捕

長谷川 良

フランスのメディアが26日報じたところによると、同国情報機関、国内治安総局(DGSI)は25日、北朝鮮に情報を提供していたとしてスパイ容疑で同国上院事務局のブノワ・ケネディ(Benoit Quennedey)容疑者を逮捕した。同容疑者がどのような情報を北側に流していたかなどの詳細なことは明らかにされていない。ケネディ容疑者は過去、何度も訪朝歴があり、今年9月9日の北朝鮮建国70年軍事パレートにも招かれている。

捜査は今年3月に始まった。フランスのテレビ局TMCの番組「Quotidien」は「上院にある容疑者の事務所も家宅捜索された」と報じている。容疑者はフランス上院で建築・文化遺産・造園を担当してきた公務員だ。

フランスの公務員のスパイ容疑の報道を読んで同国にある欧州最大の北朝鮮フロント組織「朝鮮再統一・平和のための国際連絡委員会」(CILRECO)を思い出した。1977年に創設された同組織の目的は、南北朝鮮の再統一で、欧州各地でさまざまな会議、シンポジウムを開催し、親北派知識人、学者、政治家を動員してきた。

なお、CILRECOの会報メールの内容は北朝鮮労働新聞の記事のリライティングで占められていた。実際、同会報メールのリンク欄には労働新聞アドレス(英語版)が紹介されている、といった具合だ。

1990年代初め、ウィーンのホテルで同組織主催の朝鮮半島再統一に関するシンポジウムが開催された時、当方は駐オーストリアの北朝鮮大使館から取材許可を得て参加したことがある。その時、CILRECO関係者と初めて面識を持った。

シンポジウムにはフランス、ギリシャ、デンマークなどから欧州主体思想グループ・メンバーや左派系政治家たちが参加していた。ギリシャから参加した人物が北大西洋条約機構(NATO)の元空軍将校だったことを参加者のリストから後で知って驚いたことを思い出す。北朝鮮がNATO軍退役将校を通じてNATO関連情報を入手していた可能性が考えられるからだ。北朝鮮の欧州での情報収集工作は侮れない、という印象を受けたものだ。

さて、スパイ容疑で今回逮捕されたケネディ容疑者は仏上院事務局職員ということだから、さまざまな政治情報を入手できる可能性はあったかもしれない。「フランス・北朝鮮友好協会」(AAFC)に所属していたから、北朝鮮の記念日や建国日には招待されてVIP扱いの接待を受けてきただろう。ちなみに、ケネディ容疑者が平壌で金永南最高人民会議常任委員会委員長と会っている写真がMGRオンラインに掲載されていた。

容疑者が北側に流した情報にはフランスのトップ級の国家機密が含まれていたとは考えられない。フランス政界の動向や経済についての情報だろうが、多くはオープンソースだ。その意味で、DGSIが今回、「親北の容疑者をスパイ容疑で逮捕した」というニュースを聞いて、少々合点がいかない思いがある。

当方も欧州の北朝鮮友好協会メンバーを知っているが、彼らは親北・反米の知識人で、訪朝歴が何度もあるが、国家機密に直接接触できるほどの地位にある人物は少ない。

ちなみに、フランスは北朝鮮にとって欧州の重要な拠点の一つだ。故金日成主席の心臓手術を実行したのはリヨン付属大学病院の心臓外科医だった。故金正男も生前、何度もパリを訪問している。金正男はパリからウィーンまでタクシーで飛ばしたこともあった。フランスは北朝鮮にとってある意味で快い工作拠点だったはずだ。

一方、北朝鮮の動向をマークしてきたDGSI関係者は欧州では最も北情報に長けているともいわれる。オーストリアの情報機関関係者から聞いた話だが、「フランスの情報機関関係者は外国情報機関と情報を共有することを好まない」という。逆に言えば、彼らは口が堅いということだ。

欧米情報機関は通常、訪朝する人物と接触し、彼らから北関連情報を入手するため、必要でない限り拘束したり、ましてやスパイ容疑で逮捕するということは避けるものだ。彼らを泳がして情報を得る方が賢明だからだ。その意味で、DGSIが今回、北に情報を流した容疑でケネディ氏を逮捕したのは少なくとも通常ではない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。