イギリスでは、女王からチャールズ皇太子への役割委譲が進み、3年以内にも女王の退位が行われるのでないかという観測も出てきた。しかし、92歳の女王が70歳の皇太子に譲位しないというのは異様なのだが、これは、ダイアナ妃やカミラさんにまつわるスキャンダルが問題なのでなく、むしろ、チャールズ皇太子が危うい政治的発言を繰り返してきたからだといわれる。
日本と違ってイギリスでは、女王に首相指名権など実質的な政治権力がある程度は残っている。また、「女王は、国民生活のあらゆる側面について知らされ、意見を求められるほか、大臣の参考のために非公式に自分の意見を自由に述べることができる」。しかし、その女王の意見は、首相に対するもので、それが外に漏れてはいけないし、首相はそれを採るかどうかはまったくフリーハンドである。
それこそが、現代的な立憲君主制の基本原則であり、女王が政治的にどちらかに傾いた希望を言ったのでないかといった途端に君主制廃止論が燃え上がるほど深刻な事態となる。
日本では、そうした原則が十分に理解されず、ともすれば、陛下の意向はどうなのか忖度したがる人がいるし、また、陛下や皇族から安直に政治的意味のある発言が出たりする。逆に、陛下や皇族も皇室制度や国のあり方について皇室ならではの情報なり考えを、政府に言いたいということがあって、それがもっともなときでも、首相など政府と率直な意見交換がされているとは言いがたいのである。
日本ではそうした問題がきちんと議論されてこなかったし、それが、皇位継承問題や退位問題にあっても、皇室の運営や皇族の生活についても、皇室外交などについても、ヨーロッパの王室事情をそれなりに知る人間としては、いささかよろしくない摩擦を起こしているように見える。
そこで、今回は、イギリスの事情を説明しておきたいと思う。
イギリス女王に実質的権限は残っている
イギリスは「憲法」がなくすべて慣習で決まっているので、女王の実質的な権限がどの程度まで残っているのか明確には言えない。首相指名については、首班指名選挙はなく、女王が指名するのは、たとえば、イタリアなどで大統領が指名するのと同じだ。かつては、保守党で党首選挙という制度がなかったので、マクミラン首相の退陣に際して、上院議員のヒューム外相を指名し、それに女王の実質的な意向が反映されたのではないかといわれたことがあったが、現在では党首選挙が行われるのでそういったことは考えられなくなっている。
だが、単独過半数をとる政党がなく、かつ、第2党と第3党が連立を組みたいとしているときにどうするのかは、過去の例というものがなく、女王の意向が意味を持つこともありうる。
ヴィクトリア女王の時代には、ディズレーリーとグラッドストーンという偉大な宰相が交互に政権をとったが、お気に入りはディズレーリーだった。ディズレーリー自身の回想によると、女王は頑固だから、気に入らない意見をいわれても反論せずに聞き流して、あとでサボタージュしたのだそうだ。
女王は首相にのみ政治的意見を伝えられる
しかし、女王の政治的発言には枠がはめられている。
イギリス大使館のホームページを見ても、「女王は、国民生活のあらゆる側面について知らされ、意見を求められるほか、大臣の参考のために非公式に自分の意見を自由に述べることができます」と書いてあるし、かなり突っ込んで自分の意見を首相に対して言っているようだ。
また、「政府により女王のために書かれた、女王の政府の計画概要を説明するスピーチを王座から行って、国会の新しい会期を開会します」とあるように、首相の姿勢表明演説に当たるものを女王が自分の名において代読するのである。
しかし、首相に対しての発言は決して外に漏らしてはならないのである。
また、王室の人々の意見が波紋を広げることもある。一般にドイツの王侯たちと縁組みを繰り返し、血統でいえばほとんどドイツ人そのものといわれ、また、そもそもフランスからやってきて、その国王に鞍替えしたがった歴史もあるほどであり、フランス文化への愛着も強い。そんなことからアンチ・ヨーロッパだったサッチャー時代には王室の親ヨーロッパ的発言が好感を持たれたものの政治発言でないかと批判されたりした。
そして、最近はますます、女王の発言が外に出ることは許されなくなり、EU離脱やスコットランド独立で、それぞれ反対のニュアンスが少しでもあると君主制廃止論が声高に唱えられ、王室も神経質になっている。英国女王の習近平一行の無礼を嘆いた発言は、マイクがたまたま拾ったということになっている。そうでなかったら批判されていたはずだ。
チャールズ皇太子は国王になったら沈黙すると宣言
ところが、これまで、チャールズ皇太子は、かなり踏み込んだ発言を文化や環境についてしてきたので、心配されているのである。
皇太子は、有機農場を経営したり、自然保護の啓蒙活動を行ったりするなどしてきたし、プーチンをヒトラーにたとえたり、チベットの人権侵害など政治問題での言動も問題になってきた。また、EUの食品規制でカマンベールやロックフォールのような加熱しない生チーズが規制されそうになったときも文化破壊と攻撃して話題になった。
そこで国王になっても続けるのでないかと心配されていたのだが、このほど、BBCで、地球温暖化などをめぐる自身の取り組みに関し、「無党派政治」の立場を常に保ってきたと主張しつつ、国王になっても同様かとの問いに「ノー。私はそれほどばかではない」とし、「王位を継いでも同じやり方を続けるというのはナンセンス。皇太子と国王としての役割は全く違う」として世論を安心させたというのである。
*明日(11月30日)は、秋篠宮殿下の誕生日だが、その日に解禁される記者会見で、殿下が少し思い切ったことをおっしゃったとされ、その一部が、本日に発売の週刊誌に出ているようだ。まだ見てないが、議論がいろいろ出て来るだろう。なお、この原稿の一部は、拙著「世界の王室うんちく大全」(平凡社新書)を改作したものだ。