死去したブッシュ(父)とはどんな大統領だった?

八幡 和郎

パパ・ブッシュといわれたアメリカ合衆国第41代大統領、ジョージ・ハーヴァード・ウォーカー・ブッシュが死去した。

ホワイトハウス公式サイトより:編集部

湾岸戦争では見事な勝利を収めたのに、経済がぱっとせず、対立候補のクリントンに”It’s the economy, stupid”(経済こそが重要なのだ、馬鹿め)などとこき下ろされて再選に失敗した。

息子が大統領になる幸運に恵まれたが、自分のスタッフだったチェイニーやラムズフェルドの暴走には不満そうだった。また、次男のジェフ・ブッシュはトランプに指名争いで敗れて大統領になれなかったが、その子のジョージ・P・ブッシュは2014年にテキサス州土地管理局長官に就任し、母親がヒスパニックであることでもあり、将来の大統領候補ともいわれる。

以下は、拙著『歴代アメリカ大統領の通信簿』から転載したもの。

1924年6月12日生‐
マサチューセッツ州出身。イェール大学卒業。
在任期間:1989年1月20日‐1993年1月20日

ソ連の崩壊、東欧の自由化、湾岸戦争、北米自由貿易協定など外交的成果はあったが、国内経済はレーガンの負の遺産もあって混迷に陥った。

正統派のWASPだが悪い友人に囲まれる

典型的なWASP(白人・アングロサクソン・プロテスタント)の出身であるプレスコット・ブッシュは、オハイオの製鉄会社経営者の家に生まれた。イェール大学卒業後、第一次世界大戦に出征し、帰還後は名門実業家の娘でスポーツ万能だったドロシーと結婚し、実業家として陽の当たる道を歩み続けた。50代半ばを過ぎてからであるがコネティカット州から連邦上院議員に選出された。

長男のジョージはテキサスでの石油ビジネスに成功し、40歳ごろから政治活動を本格化させた。下院議員を二期つとめたあと上院への進出には失敗したが、共和党全国委員会議長、アメリカ国連大使、中国への特命全権公使(米中連絡事務所長)、CIA長官、危機委員会評議員などの職を歴任した。

保守的であるが、インテリで中庸を得た良識人で人間的にもバランスが取れており、実務能力にも長けた人物として尊敬を集め、期待もされていた。フランクリン・ルーズベルトののち、そういう正統派の経歴を持った大統領を見いだせなかったアメリカ人は、こんな人物は悪い人であるはずがないと信じ、「なりたい人より、させたい人」としての期待をかけた。ただ、彼がテキサスの荒々しいビジネスの中で育ち、怪しげな友人を多く抱えていることは忘れていたのである。

副大統領をつとめたあとの共和党の指名争いでは、ブッシュがレーガンの支援を受け、容易に指名を獲得した。民主党ではゲイリー・ハート上院議員が有力だったが女性スキャンダルでイメージを傷つけ、マサチューセッツ州知事として経済復興を実現したマイケル・デュカキスが民主党候補となった。

選挙戦でブッシュ陣営は悪辣なテレビ・コマーシャルでデュカキスを攻撃し、それは大衆に受けた。民主党は副大統領候補となったクエールの知的レベルの低さを揶揄したりしたが、馬鹿であることはヨーロッパにおけるのと違って、アメリカ人にとって政治家の欠格要件でないことを忘れていた。

ブッシュの時代は、ドイツ統一、東欧の自由化、ソ連の崩壊という世界史的な転換点になったが、この時期の外交はむしろヨーロッパにおけるミッテラン、コール、ドロール、サッチャーといった優れた指導者たちの主導の元で展開し、ブッシュの影は薄かった。

中南米では麻薬対策への熱心な取り組みを口実に、パナマのマヌエル・ノリエガ政権を転覆すべく侵攻し、ノリエガをアメリカで服役させた。

湾岸戦争Gulf Warはイラクのクウェート侵攻を機に、国連の主導の元で多国籍軍を派遣した。ベトナム戦やソ連のアフガン戦争の苦闘から苦戦が予想されていたが、障壁物のない砂漠での軍事行動であり、敵領土の占領を伴わなかったことなどから、予想外の大勝利となった。だが、容易すぎる勝利は政治的にはインパクトが弱かった。

この戦争で核兵器に準じるような強力兵器が多く使われたことは、それが効果的であった一方、将来に悔いを残すものである可能性がある。さらに、サウディ・アラビアに軍隊を駐留させたことが、同国のイスラム過激派の反発を買い、ビンラディンらの反米主義への転向を誘発した。

アメリカ、メキシコ、カナダによる北米自由貿易協定(NAFTA)はブッシュ政権下で署名され次政権で発効したが、メキシコとの関係をそれなりに安定させることになった。

すぐれた功績だが、副大統領の時代に、連邦政府の規模縮小を目指して規制緩和を陣頭指揮していたブッシュだが、レーガン時代に三倍に増えた巨額の政府債務を受け継いだため、増税を要求する議会多数派の民主党に押されて、増税はしないとの選挙公約を破った。さらに、不況に突入したため、失業手当などの福祉支出を増やすことにもなり、財政削減を主張する共和党の支持を失う結果となった。

金利とインフレは低く抑えたものの、公約違反の増税策と高失業率が不人気を呼んだ。外交政策の方が楽しいと記者会見でもらしたこともあるブッシュは、対立候補のクリントンに「要するに経済だよ、馬鹿め」などとこき下ろされて再選に失敗した。

夫人のバーバラ・ピアースは本物のお嬢様だった。ニュー・ヨークの富裕な出版業者の娘で、名門スミス・カレッジ在学中にブッシュと結婚した。誰にも好感を与える大らかさはその育ちの良さから来ているようだ。息子の一人が失読症であることから、識字能力開発を目的にした基金を設立するなどボランティア活動を大切にしている。

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