日産のゴーン元会長・ケリー元取締役と、法人としての日産が起訴された。同時に2人は再逮捕されたが、容疑は金融証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)だけだ。虚偽記載の総額は(公訴時効になった2011年を除く)2012年から2018年までの7年間で約91億円になったが、容疑は今までマスコミで出た話と変わらない。
まだゴーン側の主張が出ていないので真相は不明だが、今までの経緯をみると、この程度の話で世界的大企業の会長を逮捕した捜査手法が妥当だったのかという疑問は残る。マスコミが検察情報で「推定有罪」の報道をするのはいつものことだが、今回の事件は公判の維持がむずかしいのではないか。
もちろん検察がここまでやるのだから、数字の裏は取れているだろう。日産の経営陣も司法取引で協力し、役員報酬を過少に記載したという事実はゴーン側も認めている。それが「将来の報酬の予約」であって確定した数字ではないという反論も想定内だろう。
被告側は、記載は故意の「虚偽」ではなく、事前に金融庁の了解を得たと主張しているようだ。これは考えにくいが、簿外の予約なので記載の必要がないと考えた「過失」だったという主張を崩すことは容易ではない。今の金融庁長官は虚偽だと判断しているようだが、2011年の担当者はどうだったのか。
西川社長は今年3月期決算のとき、ゴーン会長の役員報酬の「覚書」にサインしたといわれているが、それは過失(善管注意義務違反)だったと主張するだろう。検察は日産を会社として起訴したのだから、会長と社長の責任は同等だ。現経営陣の責任が過失ですむなら、ゴーンだけが犯罪者になるのはおかしい。
数字はそろっているので、裁判所も金商法違反は有罪にするだろうが、問題は身柄を拘束するほどの大事件なのかということだ。金商法違反は「入口」の容疑で、本筋は特別背任や業務上横領、あるいは所得税法違反だったと思うが、今のところそれが立証できるようにはみえない。
これは2006年のライブドア事件を連想させる。あのときも入口の容疑は証券取引法違反(有報の虚偽記載)だったが、その他に背任や横領やマネーロンダリングなど本筋の大犯罪があるものと思われていた。結果的にはホリエモンが有罪になった容疑は53億円の虚偽記載(粉飾決算)だけで、強制捜査によるライブドアの企業価値の毀損のほうがはるかに大きかった。
今回の容疑が役員報酬の過少記載だけだとすると、ライブドア事件の容疑だった粉飾決算より犯罪性は弱い。日産の株主にとっては、会長の報酬が毎年10億円小さく記載されることが株主価値に与える影響は、赤字を黒字と記載するより小さい。有報の公開は非上場なら必要なく、役員報酬の公開も2011年から義務化されたもので、強制捜査の前例はない。
ライブドア事件で東京地検特捜部長として捜査の指揮をとったのが、今回ゴーン側の弁護人になった大鶴基成氏だ。彼は当時、法務省のウェブサイトにこう書いた:
額に汗して働いている人々や働こうにもリストラされて職を失っている人たち,法令を遵守して経済活動を行っている企業などが,出し抜かれ,不公正がまかり通る社会にしてはならないのです。
今回の事件の背景にも、額に汗して働く労働者に代わって特捜部が強欲な経営者を裁こうという意図があったとすると、見当違いである。このような経済事件の犯罪化は、企業統治の手法としては効果がなく、社会的コストが大きすぎる。今回は検察が社内政治に利用された可能性もあり、国家の過剰介入はかえって企業統治をゆがめる。
以上はいま報道されている起訴事実が全容だったとしての話だが、少なくとも今日の段階では特捜部の勇み足の疑いが出てきた。国内の事件だったら「国策捜査」で有罪にして終わりだが、今回は強引な捜査手法が人権問題として批判され、フランスとの国際問題に発展する可能性もある。