東京営業所に中途社員が入社してきた。営業は全員20代。営業所長がメンバーを集めて気合いを入れる。「いいか、お前たち!朝8時からジャンジャン電話しろ!へこたれてはダメだ!最後の一件がお宝になることもある!ピンチはチャンスだ!気合いで乗り切れ!夢にときめけ!明日にきらめけ!」。所長の訓示は1時間を超えた。
営業に必要とされる要件はいくつかあるが、いまだに、情熱と気合いを重視する人が多い。元気ではつらつとした印象さえ取りつくれば、その気迫に押され、成約できると勝手な思い込みをしているのである。また、このような成功体験をベースにした営業研修も多い。しかし、その多くは使えない。なぜか。
今回は、『営業は自分の「特別」を売りなさい』(あさ出版)を紹介したい。著者は辻盛英一さん。メットライフ生命で、13年間ナンバーワン営業だった著者のノウハウが明らかにされる。1億円を稼ぐために売っていたものとは――。
営業は特別を売らなくてはいけない
「私は、2018年に自分の会社を設立するまで、メットライフ生命保険株式会社という世界最大級の保険会社で、入社以来13年間連続No.1の成績を上げ続けていました。そのため、会社にいるときから『辻盛さんは営業の申し子やな。ええなあ』とか、『仕事で困ったことないんやないか』とか『辻盛さん、ズルいなあ。その極意を教えて!』と、社内·社外問わず声をかけられ、営業方法を聞かれてきました。」(辻盛さん)
「日々のアドバイスまで含めれば、これまで2000人超の営業を教えてきたでしょう。でも正直に言うと、最初からすべてがうまくいっていたわけではありません。」(同)
ある日、辻盛さんは、研修で教わった営業方法を捨てることにした。結果的には、営業方法を捨てたことで独自スタイルを確立するにいたる。なんと、きっかけは阪神タイガースだった。阪神フアンのお客さまのお宅を訪問したときのことだった。
「『どうせ営業の話をしても嫌われるのがオチだし、タイガースの話だけして帰るか』と開き直って訪ねたお宅で、監督の采配や選手起用について話しているうちに、もともと私も野球が大好きでしたからすっかり盛り上がり、結局、2時間以上話していました。営業トークをしていたときにはありえなかったことです。」(辻盛さん)
「『すみません!すっかり長居してしまい』とあわてて腰を上げると、『そういや辻盛君、何しに来たんやったっけ?』とお客さま。『野球の話です!』とお答えすると、笑って『ちょうど設備を入れ替えるから5000万円ほど借りときたいねんけど』と言って契約してくださったのです。こうしたことがその後も何人か続き、私は『そうか。こういうことだったんだ!』と気づいたのです。」(同)
相手が喜ぶことを実現するという営業の仕事の本質に立ち返った結果、たどり着いたのが、「特別」を売ることだった。この「特別」が本書のキーワードでもある。
営業研修には大きな問題がある
ウィスコンシン大学名誉教授である、カークパトリック博士が提唱した研修効果測定の4段階説によれば、第1段階では「受講者はプログラムについてどのように感じたのかを具体的に評価する」、第2段階では「受講者が提示した学習内容を理解し習得したかを評価する」、第3段階は実行レベルとして「実務においてどの程度反映されているかを評価する」、第4段階で「パフォーマンスが成果に寄与しているかを測定する」とされている。
多くの場合、研修当日にスポットを当てて準備や企画を練りこんでいる。研修前とは、受講生に研修目的や意図、戻ってからの現場での活用方法や期待を伝えること。研修後とは、研修で学んだことを上司やメンバーと共有し、どのように実践していくかを計画していくこと。研修後に注力しないから定着せずに忘れるのである。
また研修効果の限界も知らなくてはいけない。一般的な研修では、人は変わらないし変容もしない。受験者が実施の意図を理解せずに、効果測定や評価項目のない研修で行動変容することを期待してはいけないのである。ゆえに研修効果を高めて浸透させるには企業としての叡智が必要になるが、そこまでできている企業は皆無である。
尾藤克之
コラムニスト、明治大学サービス創新研究所研究員
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