元徴用工問題で、関連企業の資産差し押さえ手続きが開始される期限である24日が近づいている。差し押さえ手続きが開始されれば、問題はさらに新しい段階に入る。日本も、準備が必要である。
対抗措置についての議論もなされている。
政策判断になるが、いかなる対抗措置も国際法上の妥当性を確保することが必須となる。日本は、国際法を味方につけて、対抗していかなければならない。
戦後の日本では、伝統的に、国際法の地位が軽んじられてきた。巨大メディアは、派手な憲法学者の政治的言動だけを、あたかも社会の良心であるかのように扱ってきた。その陰で、国際法学者の方々は、コツコツと地味で職人的な仕事を続けてきた。
今回の元徴用工判決問題は、そのような日本社会の現状に問題提起をする良い機会だろう。今こそ国際法研究を充実させ、政策的・理論的な準備を進めていかなければならない。
このブログで、今まで何度か日本の憲法学の「憲法優位説」の発想のガラパゴスな危険について指摘をしてきた。今回の韓国大法院の判決にも同じような自国「憲法優位説」が感じられる。うっかりすると国際法の論理が、韓国の「憲法優位説」的な発想によって飲み込まれてしまいかねない。危険である。
国際法の世界は、裁判所だけでなく、法的拘束力のない勧告をする条約委員会などが活発に動くなど、複雑な世界だ。たとえば、先月、「強制的失踪委員会」が、日本政府の慰安婦問題に対する対応を遺憾とする見解を表明した。他の人権条約委員会で慰安婦問題に関する勧告がなされていることに追随したものと思われるが、衝撃的な事実である。
多国間条約を基盤にして成立している条約委員会は、その活動を条約によって規定される。強制的失踪委員会については、2010年「強制失踪からのすべての者の保護に関する国際条約」35条で、「委員会は、この条約の効力発生後に開始された強制失踪についてのみ権限を有する」旨が規定されている。つまり、そもそも条約締結後の事件しか取り扱わないはずなのだ。それだけに慰安婦問題への言及は衝撃的であった。
10名の強制的失踪委員会の委員のうちの1名が日本の国際法学者だが、アジアからの委員は日本の委員のみだ。ほとんどの委員が欧州か南米の国からの選出だ(参照:公式サイト)。慰安婦問題について十分な情報を得て、機微にふれる審議をしたうえで、判断をしているとは思えない。法的拘束力がない見解だけに、条文解釈も緩やかになりがちかもしれない。
一部の報道には、日本の委員がいるのになぜ慰安婦が議題になることを防げなかったのか、といったことを匂わせる論調があった。
【主張】国連強制失踪委 「反日宣伝」の撤回を迫れ(産経新聞)
しかし、日本の委員は、日本関連の議題には審議に加われないため、慰安婦問題には関与できないのが実情だ。
日本の外務省は人出が足りないとされるが、対応が不十分になる体制のまま、条約に加入するくらいなら、入らない方がいいかもしれない。もちろん理想は、条約に加入したうえで、外交的なバックアップも提供する体制をとることだ。
そのためには日本国内で国際法の重要性に対する理解を深めていくことが大切だろう。
日本人委員の数を確保することだけで満足するのではなく、外交的な努力を払って、条約委員会のお世話もしていくべきだ。
それは条約委員会の議論に政治的圧力を加える、ということではない。条約委員会が正しい知識を持ち、正しく運用されるように、バックアップする、ということだ。
しかしそうした労力を日本の外務省にとらせるためには、前提として、日本国内で国際法に関連する事項を常に議論していく土壌を育んでおくことが必要だろう。
元徴用工問題を契機に、日本で国際法の重要性への理解が深まるのであれば、それは良いことだ。今こそ日本における国際法に関係した諸問題への対応の充実を図らなければならない。
編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2018年12月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。