アルプスの小国オーストリアのローマ・カトリック教会が再び揺れ出した。教会の高位聖職者、司教の不祥事が明らかになったのだ。もちろん、今回が初めてではない。欧米教会では聖職者の未成年者への性的虐待事件が頻繁に発覚し、多くの読者は「またか」と受け取られるかもしれないが、聖職者の性犯罪の最初の大きな出来事となったのは、1995年、オーストリアのローマ・カトリック教会最高指導者ハンス・ヘルマン・グロア枢機卿の教え子への性的犯罪だった。不名誉なことだが、聖職者の不祥事ではオーストリア教会は時代を先行しているわけだ。今回報告する事件は、司教のスキャンダルだ。
アロイス・シュヴァルツ司教(66)はグルク・クラーゲンフルト教区担当の司教だった。同司教の不祥事がバチカンの耳にまで届き、今年7月、教区の司教職を解任され、現在はニーダーエスターライヒ州の州都サンクト・ペルテン教区の司教に人事された。
それではシュヴァルツ司教はクルク・クラーゲンフルト教区で何を行ったのか。司教には懇意のアンドレア・エンツィンガー女史がいた。彼女は司教の指図を受け、教区運営にも口を出す一方、教区の豊富な資金を利用したホテル経営や教育プログラムを推進させる仕事にも関与してきた。教区内の聖職者の間では、彼女を“司教女史”(Bischofin)と影で呼んでいたというから、司教の信頼を得ていた女史の権限は司教級だったことが推測される。
シュヴァルツ司教は解任されるまで17年間、教区の司教職を務めてきたが、女性と懇意になるまでの教区の財政は健全で、毎年発表された財政報告書では黒字が続いたが、女性と共にホテル経営や教育ハウスなどに乗り出した後は赤字となり、ここ数年間、財政報告書も作成されなくなったというのだ。シュヴァルツ司教は教区運営の失策と女性との関係が躓きになったといえる。オーストリア日刊紙プレッセ20日付によると、シュヴァルツ司教が教区に残した負債総額は約200万ユーロと推定されている。
同教区内では聖職者ばかりか、信者たちも、司教の傍に常にいる女性の存在に不信を感じ出してきた。いうまでもなく、司教は独身を義務づけられているから、その司教の周囲に女性のプレゼンスが絶えないことに不信を感じても不思議ではない。同教区の現状がいつしかバチカンの耳に入った。バチカンは聖職者や信者から来る苦情を検証するために調査を開始する一方、シュヴァルツ司教を人事した。
そして18日、調査委員会の報告が公表されたわけだ。ただし、バチカン司教省は「調査報告を記者会見では公表しないように」と指示していたが、調査委員会のエンゲルベルト・グーゲンベルガー氏は、「教区の関係者が調査内容を知りたがっている」として、バチカンの「するな」と禁止された記者会見を開いた。そして予想されたことだが、オーストリア教会にとってグロア枢機卿の性犯罪以来の高位聖職者のスキャンダル事件となったわけだ。
シュヴァルツ司教の不祥事は問題だが、バチカンが調査報告の公表にストップをかけようとした点こそもっと深刻な問題というべきかもしれない。バチカンは聖職者の性的犯罪を過去、隠蔽してきた歴史がある。臭いものには蓋をする姿勢が教会に今日の困難をもたらした主因だ。その意味で、司教問題の調査報告を公表した関係者の勇断を高く評価したい。バチカン司教省としては、クリスマスを控え、高位聖職者のスキャンダルを公表したくなかったのだろうと考えられる。
これまでの情報では、司教と女性の関係が内縁関係だったのか、職場関係に過ぎず、少々行き過ぎた面があっただけなのか、即断はできない。明確な点は司教の日々は他の神父たちに聖職者の独身制への不信を高めたことは間違いない。換言すれば、司教は職場(教区内)のモラルの低下をもたらした張本人だったというわけだ。
贅沢な生活を好み、司教ハウスの風呂場を豪華な様式に設計した司教がいた。独リムブルクのフランツ・ペーター・テバルツ・ファン・エルスト司教だ。独週刊誌シュピーゲルなどから激しく叩かれ、教区信者たちから辞任要求が飛び出し、最終的にはオーストリアの司教と同じように教区司教職を解任された。同司教の場合、司教区内で教区センター(聖ニコラウス)や司教邸の建設に3100万ユーロの費用を投入し、1万5000ユーロの風呂場を造らせるなど、奢侈な生活が躓きとなったわけだ。
バチカン住まいの枢機卿の中には広々とした豪華なアパートに食事担当の修道女を抱えて優雅な生活をしている者が少なくない。高位聖職者にとって「美味な食事」と「アルコール」、そして「女性」と「奢侈な生活」は大きな誘惑だ。その意味で、今回のシュヴァルツ司教の蹉跌は珍しいケースではない。ただし、カトリック教会は益々信者たちの信頼を失ってしまったことだけは間違いないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年12月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。