愛煙サラリーマンに難局、2018年も進んだ企業の喫煙対策

今月14日、兵庫県の受動喫煙防止対策を検討する有識者の委員会が、子どもなどを受動喫煙から守る対策として、施行済みの受動喫煙防止条例に、公園や通学路、学校周辺などでの喫煙を禁止する内容を盛り込むよう県に提出しました。これは、今年7月に改正された国の健康増進法よりも踏み込んだ内容で、罰則規定を設けることも求めたものです。

出典: (兵庫県)平成30年度「受動喫煙の防止等に関する条例」見直し検討結果(まとめ)
参考:(読売新聞)「たばこ吸える店は子連れ禁止」兵庫県条例改正で提言…全国初、罰則付きで

写真AC:編集部

思えば、2018年は全国で禁煙への動きが加速した一年でもありました。

7月には国会で改正健康増進法が成立。オフィスや飲食店、鉄道などは原則として喫煙室以外の屋内を禁煙に、学校や病院、バス、航空機などは屋外でも喫煙場所を除く敷地内が禁煙とされました。違反すると、喫煙者や施設の管理者に罰則が適用されることになります。

これに先駆けてより厳しい規定を設けたのが東京都です。国の規定では客席面積100㎡以下の中小企業など要件を満たす飲食店は対象外としたのに対し、6月に成立した都の受動喫煙防止条例では、面積に関わらず都内のオフィス、ホテル、鉄道や従業員のいる飲食店は喫煙室以外で屋内禁煙とされました。学校や病院、バス、タクシー、航空機などは屋外でも敷地内が禁煙で、保育所や幼稚園、小中学校、高校では喫煙所を置くこともできません。

出典:東京都福祉保健局資料

類似の条例は今月21日に山形県でも成立し、受動喫煙防止条例を制定する都道府県は6都県になりました。

出典:山形県福祉保健部「受動喫煙防止対策に係る条例の考え方」
出典:「<山形県議会>受動喫煙防止条例成立へ、常任委で可決 本会議で可決されれば東北初」(河北新報)

いずれも、来年夏ごろから学校や病院などを対象に一部施行され、東京五輪・パラリンピックが開催される2020年4月にはすべての施設で施行する予定になっています。

社会全体のたばこ離れが進む

こうした禁煙を奨める流れは、法令などトップダウンによるものだけでなく、国民ひとりひとりの意識によって強まっているようにも見えます。さきの国会では審議中に、参考人として受動喫煙の問題を訴えた肺がん患者に議員がやじを飛ばして激しい批判を浴びる一幕もありました。「喫煙者を必要以上に差別すべきではないという思いでつぶやいたものだ」という議員の釈明に対しても、受動喫煙の防止を否定する根拠にはならないと、ノンスモーカーだけでなく喫煙者からも指摘され、禁煙への世論の強い関心をうかがわせました。

厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、たばこを吸う習慣のある人の割合は男性29.4%、女性7.2%(2017年)。いずれもこの10年で減少しており、特に男性では10ポイント下がりました。JTが行っている「全国たばこ喫煙者率調査」(JTリリース2/208/2712/13)でも、2018年の喫煙人口は推計1,880万人で前年に比べ37万人減少しています。

同社は喫煙者が毎年減少傾向にある理由に「高齢化の進展、喫煙と健康に関する意識の高まり、喫煙をめぐる規制の強化や、増税・定価改定等によるもの」を挙げています。今年は4月にわかば、エコーなど6銘柄、10月にはセブンスターやメビウスなど122銘柄のたばこの値上げもありました。加熱式たばこプルーム・テックも値上げの対象になり、愛煙家にとっては受難が続いたわけですが、こうした外的要因もさることながら、社会でのたばこに対する価値観は確実に変わってきていると感じさせます。

たばこは病気の最大のリスク

喫煙をめぐっては「個人の自由」として規制に反対する意見も根強いものの、大きなトレンドとしては世界的にも禁煙志向が強まってきています。それは、膨大な数の研究が行われ、たばこと病気の因果関係が科学的にも証明されているからにほかなりません。

健康への悪影響が強く疑われるものは飲酒や運動不足などもありますが、数多くの研究によってメカニズムが十分に分析され、非常に強い根拠をもって「これが悪い」と科学的に結論付けられているものはそれほど多くありません。しかしたばこは、日本でも胃がんや肝臓がん、食道がんなど10部位のがんのほか、脳卒中、虚血性心疾患、2型糖尿病や早産などを引き起こすことが明らかになっています。

また受動喫煙についても肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、子どもの喘息、乳幼児突然死症候群(SIDS)との因果関係が明らかになっています。

これらの影響を防ぐため、WHOは「たばこ規制枠組条約」を定め、世界各国で禁煙への取り組みが進められているわけです。

出典:厚生労働省「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」

たばこによる経済損失は約2兆円

いらすとや

経済への影響も問題です。厚生労働省研究班によると、2015年には健康被害による医療費の増加や火災、清掃関連の費用を合わせて約2兆500億円の経済損失を招いたと推計されています。

これは企業にとっても深刻です。同研究班の2014年の推計値では、たばこによる入院で生産性が低下したことによる経済損失は2494億円にのぼります。従業員の喫煙は経営上の大きなリスクになることもあり、近年は企業の喫煙対策も進んでいます。

特に医療保健関連や健康経営に取り組む企業での禁煙は進んでいます。電話による健康相談や各種医療関連サービスを手掛けるT-PECは、2015年以来社員の喫煙率0%を達成・維持しています。また生命保険会社の一部では、たばこを吸わない人は保険料を割引する商品を販売していることもあり、社内禁煙に積極的です。

特に医療保健関連や健康経営に取り組む企業での禁煙は進んでいます。電話による健康相談や各種医療関連サービスを手がけるT-PECは、2015年以来社員の喫煙率0%を達成・維持しています。また生命保険会社の一部では、たばこを吸わない人は保険料を割引する商品を販売していることもあり、社内禁煙に積極的です。

医療機器も手がける島津製作所は今年10月から1日2時間を禁煙とする取り組みを始めており(毎日新聞)、2020年4月からは全時間を禁煙とする方針です。大日本住友製薬は来年4月までに全国の事業所内にある喫煙所を閉鎖。オリンパスはグループ会社含め全社を2020年3月末までに建物内を、21年3月末までには敷地内を全面禁煙にするほか、外勤者も就業時間中禁煙にする予定です。

帝国データバンクが2017年に実施した調査によると、企業の喫煙環境で最も多いのは完全分煙で56.2%。「適切な換気がされている喫煙場所がある、または屋外に喫煙場所を設けている」のがメジャーなスタイルです。全面禁煙は22.1%と5社に1社ですが、これからはより増えていくのでしょう。

たばこ休憩の経済損失は5500億円

愛煙家にとって、長時間を過ごす職場でたばこを吸えないのは相当にきついものがあるでしょう。調査では、喫煙対策によって「喫煙者からの不満が増えた(集中できないなど)」(6.8%)という企業も一部に見られました。その一方で「喫煙者と非喫煙者の公平性が向上した(業務中のたばこ休憩など)」(22.7%)や「業務の改善・効率化につながった」(11.5%)という効果も見られています。いわゆるたばこ休憩は、吸わない人からみると不公平で、席を外す時間や喫煙所への移動を考えると効率の悪さを指摘する声も少なくありません。

ちょっと一服するくらいなら業務への支障はないという声も聞こえてきそうですが、実はそうでもないようです。上述の厚生労働省研究班は、喫煙離席による生産性の低下を5,496億円の経済損失とも見積もっています。たばこ休憩は、不公平かどうかという社員の感情の問題ではなく、生産性という経営課題として見直す必要もあるのかもしれません。

採用にも禁煙が条件に

たばこを吸わないことを採用の条件とする企業も出てきています。禁煙治療薬を製造するファイザーや多くの市販薬を販売するロート製薬は、採用時に喫煙の有無を確認されることがあるといいます。ロート製薬では2020年までに社員の喫煙者ゼロを目標としており、以後は喫煙者を事実上採用しない可能性もあるようです。ファイザーではすでに勤務している社員の喫煙率は約5%。禁煙治療を受けた社員には一律5千円を支給、2017年からはオンラインでの遠隔診療による禁煙外来も補助の対象に追加するなど、喫煙者ゼロに向けて取り組んでいます。

参考:(産経新聞)広がる「喫煙者不採用」の動き  導入企業は好評価 「差別」の懸念も…

来年は改元による新しい時代の幕開けも控えています。たばこをはじめ、私たちの生活スタイルは健康の軸においてもこれから大きく変わっていくのは間違いないでしょう。そして、社会全体のたばこ離れは愛煙家にとって難局ではあるものの、禁煙に踏み切る大きなきっかけにもなるはずです。

参考:(日本経済新聞)受動喫煙対策法が成立 施設の屋内は原則禁煙
参考:(日経ビジネス)昼寝推奨や禁煙強制、進化する「健康経営」

加藤 梨里(かとう りり)
ファイナンシャルプランナー(CFP®)、健康経営アドバイザー
保険会社、信託銀行を経て、ファイナンシャルプランナー会社にてマネーのご相談、セミナー講師などを経験。2014年に独立し「マネーステップオフィス」を設立。専門は保険、ライフプラン、節約、資産運用など。慶應義塾大学スポーツ医学研究センター研究員として健康増進について研究活動を行っており、認知症予防、介護予防の観点からのライフプランの考え方、健康管理を兼ねた家計管理、健康経営に関わるコンサルティングも行う。マネーステップオフィス公式サイト


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。

『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。