アルゼンチンはクリスチーナ・フェルナンデス前大統領の政権時に中国との関係が強化されて両国の協力は積極的に進められていた。原発「アトゥチャIII(Atucha III)」の建設もそのひとつであった。
彼女の8年間の政権と彼女の夫ネストル・キルチネル元大統領の4年間のそれとで12年間は米国との関係は全く疎遠。歴史的に米国とアルゼンチンの関係は良好であったが、この12年間のアルゼンチンは中国とロシアとの絆の強化に向かっていた。
ところが、2015年に親米派のマウリシオ・マクリが大統領になって米国との関係が復活。しかも。トランプ米大統領とマクリ新大統領の両者は政界に入る前に不動産事業で取引関係を持ったこともある間柄であった。
マクリは欧米そして日本との関係強化に向かったが、中国との関係を放棄することはきず、寧ろ積極的に投資をしようとして来る中国に魅力を感じていた。フェルナンデス前大統領の政権下の極度に低迷したアルゼンチン経済を立て直すには外国からの積極的な投資が必要なのである。それに中国は応えていた。
その一貫として、今年5月に前政権からのプロジェクトの一つとして持ち上がっていた原発アトゥチャIIIの建設が両国の間で具体化された。ブエノスアイレスから北東に100キロ離れたアトゥチャ市にカナダの技術を採用して中国が原発を建設するプランであった。建設費用は90億ドル(9900億円)。当地には、すでに1基が稼働し、もう1基が建設中となっている。それにアトゥチャIIIを加えて2022年から稼働させるというプロジェクトであった。
ところが、アルゼンチンは財政難にあり、これを建設すればその建設費用に加え16億ドル(1760億円)の出費が見込まれると判断してアルゼンチン政府はこのプロジェクトを延期することを決定。その事情を理解した中国はこの原発の建設費は中国が負担し、稼働が開始してから20年間の返済期間を設けることをアルゼンチン政府に提案。この案に同政府は了解してあとは11月30日のG20で習近平主席の訪問を待って合意書に署名するということになっていた。(参照:infobae.com、clarin.com、kontrainfo.com)
G20に出席の為ブエノスアイレスに習主席が訪問すると、マクリは「中国が発展すれば、それはアルゼンチンにとってよりうまく事が行く」とお世辞にもとれることを述べた上で、マクリはアルゼンチンの最高栄誉勲章「解放者サン・マルティン勲章」を習主席に授与したのであった。そして、原発アトゥチャIII の建設を含め、30項目に亘る合意が交わされたのである。(参照:clarin.com、iprofesional.com)
それに便乗するかのように、プーチン大統領が到着してマクリとの会談の後の記者会見で、ロシアも原発を建設する意向を表明した(baenegocios.com)。
ところが、彼の発言とほぼ同時に別のところでアルゼンチン政府が両国の原発の建設を覆さねばならない事態が発生していたのである。その主人公はトランプ大統領であった。
トランプはアルゼンチン政府フォルヘ・ファウリ外相と大統領補佐官のフルビオ・ポンペオに中国とロシアが原発を建設するということに不快感を表明したのである。その結果、アルゼンチン政府は両国による原発の建設は公には資金不足を理由としてキャンセルすることが発表されたのである(adnrionegro.com)。
米国がこの建設に反対していることをアルゼンチン政府は無視できないのは、アルゼンチンがIMFから6月に500憶ドル(5兆5000億円)の融資を受け、されらに9月にはその枠を571億ドル(6兆2800億円)まで拡げたが、それを可能にさせたのは米国が背後からIMFに圧力をかけてその融資を支援していたからであった(bolsamania.com)。
アルゼンチン政府のひとりの閣僚が電子紙『Política On Line』に「米国は我々が懸案の件について署名することを一切嫌っているのだ」と語ったそうだ。それは丁度、マクリが大統領官邸で習主席と会談していた時だったという(adnrionegro.com.ar)
アルゼンチン政府のこの変身はG20の開催中に起きたできごとで、ファウリ外相は国家予算の関係上、中国による原発の建設はキャンセルしたことを発表し、「アルゼンチンの人々が知っての通り、我が国は経済問題から財政難にあり、IMFとの約束を尊重して財政赤字が規定された基準に収まるように保障する必要がある」と述べて、それを原発中断の理由としたのである。
この説明に納得が行かないのは中国もロシアであった。両国とも原発の建設費用は当初両国が負担すると表明し、返済はそれが稼働してからということになっているから、アルゼンチン政府は指摘しているような予算問題は本来起きないはずである。
これをアルゼンチン政府が拒否した真の理由は、中国とロシアがアルゼンチンに融資して原発を建設するということ自体にトランプ政権が同意できないということなのである。
マクリは中国からの融資を逃したくないとして奮闘したが、丁度米国と中国の関税紛争もあってそれに拘束されて解決を見つけることができなかったそうだ。
トランプはそれに代わって、風力と太陽光の発電の建設及びネウケンとロサリオを結ぶガスパイプラインの建設を米国の建設会社が請け負うという条件をもとに8億ドル(880億円)の融資をアルゼンチン政府に申し出たそうだ(adnrionegro.com.ar)。
財政難にあるマクリ大統領は仕方なく米国の意向を受けざるを得なかったという出来事が今回のG20の首脳会議の舞台裏で起きたのであった。