2019年の政治とメディアは日付が元日になった途端、早くも動き出した。天皇陛下の代替わりに伴い、焦点になっていた新元号の発表時期について、「ゆく年くる年」を放送中のNHKが1日午前0時1分ごろ、特ダネを速報。安倍首相が4月1日の閣議決定後に公表する意向を固めたと報じた。
元号公表を巡る、元日早々からのスクープ合戦の読み解き
平成から次の時代に移行する特別な年の元日未明に、速報を打ってくるからには、NHKの政治部としても「勝負」のスクープだったことは推測される。
同時に、筆者の脳裏にはもう一つの可能性が浮かんだ。それは、ある新聞社がこの情報で先行し、正月の一面トップを飾ろうとしていたところ、NHKが追いついてこの未明の電撃速報で「スクープ潰し」をしたのではないかというシナリオだ。
その予感はなんとなく当たる。NHKの速報から間もなく、ある新聞社のサイトが長文の記事で同様の内容を報じた。やはりこの社だった。全国紙の中でも安倍政権の親衛隊的な存在であり、皇室報道にも力を入れているといえば、もうお分かりだろう。産経だ。
「NHKによる産経の特ダネ潰し」だと推測した理由は2点。1つは、産経のサイトでの配信時刻は午前0時24分。この時間、多くの新聞社は朝刊最終版の締め切りまで1時間ほど残す。その時間にわざわざこれほどの重要ニュースをネットで流し、他社に追いかけ取材のアディショナルタイムを許すとは考えにくい。
もう1つは、産経の記事の質と量が明らかにNHKを上回っている点だ。852字という文字数だけを見てもNHKの速報から20分で書くのは難しい。産経の配信後、朝日が午前0時52分付で、共同は午前1時28分付でそれぞれ報道したが、いずれも記事は短く産経より取材が出遅れていた可能性は高い。
筆者の推測が当たっていれば、元日一面トップの特ダネは新聞社が年間でもっとも気合を入れるだけに、仕込み中だった産経社内は、NHKの速報にかなり落胆したはずだ。
結局、元日の各紙朝刊では産経と毎日、朝日などの最終版には掲載されたようだ。読売に掲載されていないのは、何か事情があったのかもしれない(追記 3日17時 読売も1日朝配信していたようだ。なお12月5日朝刊一面で「新元号公表 4月1日以降 年末にも判断」と報じていたこともあって紙面で大々的に載せなかったのかもしれない)。
産経の記者には気の毒に思うが、「幻の特ダネ」はNHKなどが書いてないことに踏み込んでいる。安倍首相が4月1日に決断するに至る過程だ。
記事によれば、4月10日に財界などが天皇陛下ご在位30年の「お祝いと感謝の集い」を開くのに合わせ、翌11日に新元号を公表する方向で検討してきたという。そして、前述のマイクロソフトのOS更新対応のスケジュールの問題から4月1日に前倒しの判断に傾いてきた、としている。
保守派と一線を画した安倍首相の決断
新元号公表の時期を巡っては、昨年8月、自民党内でも古屋圭司氏(衆院岐阜5区)、衛藤晟一氏(参院比例)ら保守色の強い議員が官邸に対し、「新元号の制定と発表は来年5月1日の新天皇の即位後とするべき」という申し入れをしている。古屋氏は「日本会議国会議員懇談会」の会長もつとめており、朝日新聞などから見れば、“安倍親衛隊”の保守勢力に属していると言えよう。彼らは元号の「一世一元制」へのこだわり、伝統的価値観から、ある種の原理主義に近い主張をしている。
サマータイムの導入時にも露見したが、自民党内には、高度に情報化された現代社会にあって、システム改修に時間とコストがかかる現実に理解が乏しい人たちが少なくない。ましてや、今の天皇陛下がご退位を公表された要因の一つに、代替わりに伴う国民生活への影響を最小限にすることを要望されていた当初の経緯を考えると、「大御心」よりも、自分たちが信じる筋論の方に固執することに奇異な感じもするが、古屋氏らが頼みとする安倍首相は、「美しい国」を掲げるなどいかにも右派だった頃とは変わった。
もちろん、IT業界的には、1か月前でも準備期間としては不十分だ。ただ、あくまで政治上の都合で言えば、保守層と無党派層の中間点とも言える「民意の最大公約数ゾーン」を外さなくなった二次政権以後の安倍首相らしい判断とも言える。
「リベラル」&「リアリスト」という円熟味
そういえば、年末のAbemaTVで各党女性議員が出演していた「みのもんたのよるバズ!」を見ていたら、自民党の太田房江氏が安倍首相に関して面白いことを言っていた。
共演していた福島瑞穂氏らいつもの野党の面々が安倍政権をdisりまくるのに対し、太田氏は「安倍総理は“リベラル”な人ですよ。誰がこれだけ長い間、女性活躍推進、働き方改革、経団連に乗り込んで賃金を上げろとか、こういう事をやられますか」と指摘。太田氏のコメントが予想外の「本質論」だったためか、福島氏は面食らったかのように、話題を国会運営という形式論に逃げ回るしかなかったのが印象的だった。
田原総一朗氏が以前「暴露」したように、集団的自衛権の限定行使が認められたことで安倍首相は一時期、憲法改正にこだわらない姿勢を見せたこともあったようだ。
実は去年(筆者注・2016年)9月に安倍さんに会った、もちろん1対1でね。その時に、「衆議院は与党で3分の2を取って、こないだの選挙で参議院も3分の2を取った。いよいよ憲法改正だね」と言いました。
もう言ってもいいと思いますが、実はその時安倍さんが「実は」と、「田原さん、大きな声じゃ言えないけど、憲法改正する必要がまったくなくなりました」と言いました。(出典:ログミー)
憲法改正発議を見据える現段階では、首相の意欲は取り戻しているだろうが、田原氏のエピソードは、集団的自衛権容認という「実」を取りに行くことで、宿願であったはずの憲法改正という「名」も必要なら“捨てる”ことも厭わない一端を明かしている。この融通無碍なところがあるからこそ、野党が攻め所をなくすようなリベラル政策を推進し、いままた、新元号の前倒しもギリギリの妥協点で断を下せるように思える。良くも悪くもそれが長期政権の真骨頂であり、7年目に入り「円熟味」を増す首相に、元号公表の1か月程度の前倒しは難しくあるまい。
さて、最後に筆者が今年注目するのは、リアリストの安倍首相が、看板政策のアベノミクスの出口戦略をどう思い描いているか、断片的にでも何か示すことがあるのかどうか、だ。統一地方選、4月の衆院補選、衆院選とのダブル選挙の噂もある夏の参院選を勝ち抜けるのか。消費税アップを予定する10月が近づくほど目が離せなくなると感じている。
昨年末、リフレ派の藤井聡氏が内閣官房参与を退任。それでも長谷川幸洋氏が「増税延期の可能性」を発信するなど、リフレ派たちのしぶとい“最後の抵抗”が目立つ。万が一とは思うが、安倍首相の融通無碍なところが、まさかの異変をもたらすことはあるのだろうか。
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最後になりましたが、あけましておめでとうございます。田原さんを迎えた元日の特別番組でアゴラの立ち位置の難しさを指摘されましたが、ゴリゴリ保守の「親安倍」とゴリゴリ左派の「反安倍」で二極化しがちな、いまのメディア界の潮流にあって、安倍首相を「リベラル」と是々非々で評するメディアは、そうないでしょう。
アゴラの運営側としては、今年も、安倍政権など政界の動きを独自の視点から自由闊達に論評したいと思います。どうぞよろしくお願いします。なお、番組を見逃された方、ぜひご覧ください。