台湾問題、中国大使の空しい「反論」

中国の習近平国家主席は2日、「台湾同胞に告げる書」の40周年記念式典で台湾問題に関する中国政府の立場を述べたが、その中で「武器の使用は放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」と発言したことから、台湾の武装統一を示唆したとして台湾を含む周辺国家は警戒心を高めている。欧州メディアでも習近平国家主席の発言内容が報じられると、「中国の台湾への野望」を指摘する論調が聞かれた。

▲駐オーストリアの李晓驷(Li Xiaosi)中国大使のチロル州での講演風景(2018年12月28日、駐オーストリア中国大使館公式サイトから)

▲駐オーストリアの李晓驷(Li Xiaosi)中国大使のチロル州での講演風景(2018年12月28日、駐オーストリア中国大使館公式サイトから)

そこで駐オーストリアの李晓驷(Li Xiaosi)中国大使はオーストリア代表紙プレッセに反論を寄稿し、「中国警戒論」の鎮静に腐心した。以下、9日付プレッセに報じられた李中国大使の反論を紹介しながら、なぜ国際社会が習近平国家主席の演説内容に強く反発するのかを考えた。

李大使の寄稿記事の見出しは「中国は中華人民共和国しか存在しない」だ。タイトルでも分かるように、大使は「台湾は中国の領土であり、これまでそれ以外であったことはなかった」と指摘し、中国政府の「一つの中国」の立場を繰り返す。

そのうえで「習近平国家主席の演説に対し、遺憾なことだが、欧州の2、3のメディアはその趣旨を曲解し、わが国が武装統一を考えていると受け取った。台湾は1840年のアヘン戦争後、国内外の混乱に陥り、半世紀に渡り外国勢力の支配下にあったが、1945年に中国本土に戻ってきた。その直後、中国は再び内戦を経験したが、1949年に現在の中国人民共和国が建国された。その時、中国国民党政府が台湾に逃げた。その結果、現在の台湾問題が生じたのだ」と中国共産党の視点に基づいて台湾問題の歴史を簡単に説明している。

そして「中国本土と台湾は分かれているが、本来一つの中国に帰属する。その事実はこれまでも変わらなかった。中国の主権と領土統合は決して分離されなかった。中華人民共和国が唯一の合法的政府であり、中国全土を網羅している。これは国連のコンセンサスであり、大多数の国家の支持を得ている」と強調する。

問題は次だ。台湾問題の解決は「平和的再統合であり、一国二制度に基づく。平和的再統合後は、台湾の社会的、生活様式は完全に尊重され、私有財産権、信仰の自由などは保証される」というのだ。文章の内容は素晴らしいが、問題はその内容が信じられないことだ。その責任の多くは発言する側にある。

欧米メディアは中国本土に再統合された香港の現状を知っている。それだけではなく、中国本土の現実をも聞いている。それゆえに、習近平主席の発言内容をその通りは信じないのだ。

例を挙げてみよう。中国共産党が政権を掌握する中国で本当の野党は存在するか。民主主義の要である民主選挙は実施されたことがあるか。残念ながら、ノーだ。「信教の自由」はどうか。中国の憲法では信教の自由は明記されているというが、キリスト教会は壊され、礼拝参加者は拘束されている。中国共産党の官製聖職者組織「愛国協会」に所属しない聖職者は聖職活動はできないだけではなく、生命の危険すらある。中国共産党政権は昨年、ローマ・カトリック教会総本山バチカンと司教任命権で合意したというが、香港カトリック教会の最高指導者を2009年に離任した陳日君(Joseph Zen Ze-kiun)枢機卿は「バチカンは中国共産党政権に騙された」と警告を発している。人権問題はカタストロフィーだ。法輪功信者たちが拘束され、生きたまま臓器を摘出されている、という現実をどのように受け取ればいいのか(「法輪功メンバーから臓器摘出」2006年11月23日参考)。

すなわち、一党独裁政治を維持し、人権蹂躙を恐れない共産党政権が中国を統治している限り、国際社会は中国指導者の発言を完全には信頼できない。習主席が「台湾の平和統合」を何度繰り返しても残念ながらその通り受け取れないのだ。

習主席が「台湾の平和統合」を語り、駐オーストリアの中国大使が「武装統合はあり得ない」と力説したとしても、国際社会はもろ手を上げて歓迎できるはずがない。李大使は寄稿の最後に「中国国民の再統合への願いを理解し、台湾の独立を阻止するため支持してほしい」と呼び掛けたが、どれだけの支持者が出てくるだろうか。

中国共産党政権と国際社会の間には深い溝がある。相互の信頼関係はない。トランプ米大統領の発言を信じない米国民や欧米メディアは少なくない。それと同じだといわれるかもしれないが、両者には大きな違いがある。トランプ大統領を支持しない国民やメディアは反論すればいいし、次期選挙でトランプ氏を落とせばいい。一方、中国共産党政権の場合、習近平国家主席は終身制を考えているのだ。

李晓驷大使の反論はご苦労だったが、問題は中国共産党の独裁政治にある点を忘れている。論理を巧みに展開させたとして、それは徒労に終わるだけだ。国際社会は経済大国となった中国に一定の譲歩をしたとしても、中国共産党政権を信じていない。その現実を当の中国共産党政権は理解していないのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。