フルサイズミラーレス一眼用 標準レンズ戦争に見る「マネシタ電器」のDNA

長井 利尚

パナソニックは、今年3月末のフルサイズミラーレス一眼「LUMIX Sシリーズ」発売に合わせて、最初に3本のレンズを発売する。2本はズームレンズで、1本は単焦点レンズである。この単焦点レンズの焦点距離は50mm、明るさ(絞り開放の数値)はF1.4。いわゆる「標準レンズ」の定番である。

3本のLマウントレンズ(LUMIX S series 公式サイトより:編集部)

ズームレンズは、焦点距離を動かすことにより、撮影する範囲を撮影者の意図にぴったり合わせることができる。レンズと被写体との距離を自由に動かせない場合、ズームレンズは重宝する。単焦点レンズを複数持ち歩くより、ズームレンズ1本で広い焦点距離をカバーできる利便性はありがたい。一方、レンズの歪曲収差の大きさ、明るいレンズを作ることが難しいこと、レンズが大きく重くなりがちである等の欠点は当初から指摘されてきた。

1990年代、現在では「大三元レンズ」と呼ばれる、高級大口径ズームレンズが市場に投入され始めた。広角(16-35mm程度)、標準(24-70mm程度)、望遠(70-200mm程度)の3種類。明るさはいずれもF2.8で、ズーム途中で絞り開放の数値が変化しない。望遠ズームレンズに、1.4倍のテレコンバーターをレンズとカメラの間に挟めば98-280mmF4相当に、2倍のテレコンバーターを挟めば140-400mmF5.6相当になるので、プロカメラマンなどのヘビーユーザーの間に広く普及した。

いずれも、非球面レンズの採用や、その他の様々な工夫により、ズームレンズの欠点は目立たなくなりつつある。ズームレンズの明るさが多くの単焦点レンズより暗い問題は、カメラの主流がフィルムカメラからデジタルカメラになって、超高感度の画質が飛躍的に向上したことで、ほとんど問題にならなくなった。

そのような中で、敢えて単焦点レンズを求める人のニーズは、先鋭化している。

ところで、自動車業界に目を転じると、日本国内で売れている自動車は、軽自動車、コンパクトカー、ミニバン(3列シート)が多い。かつては、操縦安定性の悪さなどの欠点が目立ったミニバンであるが、自販連が発表した2018年1〜12月の「乗用車通称名別順位」(販売台数)を見ると、トップ10の中に3車種(セレナ、シエンタ、ヴォクシー)が入っている。

一方、かつては乗用車の基本形であったセダンは、カローラのみ。昭和末期の「ハイソカーブーム」の時、毎月約3万台が売れていたトヨタ「マークII」三兄弟は消滅し、影も形もない(「マークII」の後継車種「マークX」は現行車種であるが、次期型の開発はされておらず、FFの「カムリ」に統合されるようだ)。ミニバンの性能の進化は目覚ましく、かつて指摘された欠点を克服してきている。

かつて国産セダンに乗っていた層は、いわゆる「ジャーマン3」(メルセデス・ベンツ、BMW、アウディ)のセダンに乗り換えを進めている。日本の自動車メーカーの多くは、あまりセダンの研究開発に熱心ではないので、国産セダンの性能の進歩が遅いのが理由だろうか。ドイツでは、最高速度無制限区間のあるアウトバーンで、自動車を時速250km程度で運転することが珍しくない。日本の公道ではあり得ないハイスピードでの走行を前提として開発されたセダンを、日本の高速道路で時速100km程度で運転すれば、ほとんどの国産セダンとは別次元の安心感を得られるのは当然である。

かつての欠点を克服し利便性を享受できる「大三元レンズ」は国産高級ミニバンに似ており、ハイレベルな性能を徹底的に追求する単焦点レンズは「ジャーマン3」のセダンに似ている。

昨年秋、パナソニック 商品企画部 総括の津村敏行氏、商品企画部 第一商品企画課 課長の伏塚浩明氏は、デジカメWatchのインタビューに対し、以下のように回答している。

——レンズはどのように計画していますか?

津村:解像度のみならず、ボケ味の美しさも追求しました。焦点面からの距離ごとにボケ味の目標値を定め、なだらかなボケを目指しています。従来もこのように取り組んできましたが、今回のシステムでは一段上のレベルになります。

他社の最高峰レンズと比べても最も美しくなるように、それには膨大なベンチマークを取りました。非球面レンズの高い製造技術により、輪線のない玉ボケも実現しています。50mm F1.4は強烈なレンズになりますから、楽しみにしていてください。解像、ボケ、MTFもトップレベルです。

伏塚:世界一のレンズを目指しています。

津村:世にあるフルサイズ用50mm F1.4レンズをほぼ全て研究しました。フルサイズのSシリーズレンズは決して小型追求ではありませんが、ボディと組み合わせた際に好ましいトータルバランスを実現しています。

伏塚:高性能レンズを作りたいがために、S1R/S1はこのボディサイズになっているとも言えます。この50mm F1.4LUMIX Sシステムの象徴になります。

(下線は引用者による)

とんでもなく強気なコメントである。パナソニックは、三強がひしめく激戦区に挑戦する新参者であるにも関わらず、「世界一のレンズを目指しています」というメッセージを発するということは、相当の自信があるのだろう。「世にあるフルサイズ用50mm F1.4レンズをほぼ全て研究しました」というコメントを読んで、かつて「マネシタ電器」と揶揄された、同社の前身・松下電器産業のDNAを思い出した。ソニーやシャープなどが、世の中にない斬新な商品を開発・販売し、それが成功すると、似たようなコンセプトの製品を後から上市し、圧倒的な販売力で市場を制圧してしまう、あのやり方である。

三強のフルサイズミラーレス一眼用標準レンズを確認してみよう。

ソニー Planar T* FE 50mm F1.4 ZA

ニコン NIKKOR Z 50mm f/1.8S

キヤノン RF50mm F1.2L USM

ソニーは、ドイツの名門ツァイスのプラナーで、明るさは定番のF1.4。奇をてらわない。

ニコンは、明るさをF1.8に抑えている。F1.4の標準レンズを使いたければ、一眼レフ用のFマウントレンズを、マウントアダプターを介して使ってほしいということらしい。

キヤノンは、ダントツに明るいF1.2。今どき、標準レンズを買う好事家は少ないのだから、高価で利幅の大きなレンズをまずは投入、ということだろうか。

Lマウントアライアンス」のパートナーとして、パナソニックが「LUMIX Sシリーズ」に採用する「ライカLマウント」のフルサイズミラーレス一眼とレンズを先行投入しているライカの標準レンズは、ズミルックスSL f1.4/50mm ASPH.という、ライカらしい高価なレンズだ。「世界一のレンズ」を目指すということは、パナソニックの標準レンズはこのレンズをも超えるということなのだろう。

一眼レフの「オートフォーカス化」以来、30年ぶりの戦国時代に突入したカメラ業界。各社の動向には目が離せない。

長井 利尚(ながい としひさ)写真家
1976年群馬県高崎市生まれ。法政大学卒業後、民間企業で取締役を務める。1987年から本格的に鉄道写真撮影を開始。以後、「鉄道ダイヤ情報」「Rail Magazine」などの鉄道誌に作品が掲載される。TN Photo Office