米政府閉鎖:日本人が知らないトランプの真の狙い(特別寄稿)

渡瀬 裕哉

トランプ大統領が壁建設予算を巡って議会民主党と激しく対立し、連邦政府の政府閉鎖日数が最長記録を更新し続けている。

壁建設の意義を説明するトランプ大統領(White House動画より:編集部)

トランプ大統領に敵対する勢力は同大統領を人種差別主義者として印象付けるメッセージを発信しており、日本のメディア・有識者も相変わらずトランプ大統領に対するそれらの偏った見解を無批判に受容している。既にトランプ大統領就任から3年が経とうとしているにも関わらず、トランプ政権を巡る日本の低レベルな言論環境は2016年の大統領選挙の時からあまり変わっていない。

RealClearPoliticsによると、政府閉鎖が深刻化し続けている結果、たしかに2019年1月からのトランプ大統領の不支持率と支持率の剥離は大きくなってきているように見える。トランプ大統領による政府閉鎖の影響は同大統領への支持率全体には負の影響を与えている可能性が高いと言えるだろう。

しかし、トランプ政権が発足した2016年の不支持率に比べた場合、その不支持率は目立って高い水準に到達しているわけでなく、今後幾らでも挽回できるレベルに留まっている状況だ。

一方、2019年1月に行われた最も注目すべき世論調査の数字は、1月10~13日に実施されたNPR/PBS NewsHour/Marist pollであろう。同調査ではヒスパニック・ラテン系の回答者からのトランプ大統領への支持率が50%を記録する状況となったからだ。同様の調査で12月段階では31%であった支持率が一気に19%も跳ね上がったことになる。

また、他の世論調査でも同人種層からの支持率は20~30数%の間におさまる傾向はあるものの、トランプ大統領への支持は一定の割合で手堅く推移している。これは好調な経済環境によってヒスパニック・ラテン系の失業率が記録的な低水準を維持していることに起因する。

つまり、メディアや有識者による解説では壁に拘る人種差別的大統領がヒスパニック・ラテン系からの支持を低下させているかのように演出されているが、実際にはトランプ大統領の同人種層からの支持率に目立った変化はなく、調査によっては支持率が上昇する可能性すら示唆された状況となっているのだ。

トランプ大統領が19日に示した政府閉鎖を巡る妥協案(壁予算とDACA(幼少時に米国に連れてこられた不法移民)等への特別措置の取引)もヒスパニック・ラテン系からの支持拡大を狙ったものと捉えるべきだろう。トランプ大統領は自らの保守的な支持層に対して壁建設に関する強硬姿勢を示しながら、新たに同人種層に切り込むための提案を行ったのだ。

誰が大統領であってもDACAに関する一連の措置継続は現実問題として妥協が求められる。ただし、保守強硬派はその妥協を本来は絶対に認めることはないため、トランプ大統領は苦しい立場に置かれてきていた。一部の保守派からの強烈な批判が巻き起こっているが、トランプ大統領が保守派の要望である壁建設の必要性について再三言及して妥協案を提示したことで、トップの政治的決断のための環境整備がある程度構築されていたと言えるだろう。

そして、これはトランプ大統領にとっては予め用意されたシナリオであった可能性が高い。

実際に保守派新聞ワシントンタイムズ(13日付)はトランプ大統領が「壁予算とDACAを引き換えにする提案を民主党は飲まないので多くのヒスパニックの有権者が共和党支持者となる」とツイートした旨を報道しているからだ。それが現実に象徴的な形で再整理されたものが19日の妥協案を提示した演説である。

民主党議会指導部はトランプ大統領からの妥協案を一蹴したが、そのような強硬姿勢をいつまで継続できるかは不明である。DACAの取引対象となる壁建設予算(連邦政府全体の予算から見て微々たるものでしかない)の拒否に固執する民主党に対するラテン・ヒスパニック系有権者からのイメージの悪化は避けられないだろう。

漠とした政権全体の支持率推移よりも特定の人種層を狙ったマーケティングは共和・民主両党の政治基盤に大きな変化を与えることになる。既に政府閉鎖を巡る戦いで、トランプ大統領の負けは無くなった、と言える状況かもしれない。

渡瀬 裕哉
産学社
2018-10-10