ベルリンで3宗派の「一つの家」計画

信仰の祖「アブラハム」からユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3つの唯一神教が誕生した。発生順にいえば、キリスト教とイスラム教はユダヤ教の教えを土台としている。「モーゼの十戒」の教えは表現の違いはあるがキリスト教やイスラム教の聖典にも記述されている。

▲ユダヤ教、キリスト教、イスラム教を内包した「一つの家」の草案(BBCサイトから)

ユダヤ教の「ヤウエ」、キリスト教の「父」、そしてイスラム教の「アラー」もその表現は異なるが、3大唯一神教はこの宇宙を含む森羅万象を創造した神を崇拝し、偶像崇拝を忌み嫌い、多神教を否定している。

南北に分割された後、生き延びた南朝ユダがペルシャの王クロスの恩寵を受けてエルサレムに帰還した後、律法を中心とした今日のユダヤ教が誕生した。2000年前にユダヤ社会に生まれたイエスは選民ユダヤ民族から受け入れられず、十字架上で亡くなったが、復活後、福音の教えはローマに伝えられ、392年にローマでキリスト教は国教と認められ、世界に拡大されていった。ローマ・カトリック教会を頂点に今日、キリスト教は約300のグループに分かれている。

一方、570年頃に生まれたムハンマドは神の啓示を受け、教えを伝えていくが、メッカから追放された後、教えは戦闘的になっていく。ムハンマドの後継者問題がきっかけでスンニ派とシーア派に分裂していったのは周知の事実だ。

歴史を振り返ると、3宗派間の対立が理由で紛争や戦争は現在まで繰り返されてきている。十字軍戦争しかり、イスラム過激派テロしかり、3宗派は自身が信じる神を掲げて、他の神を信じる者たちを追放し、弾圧してきた。旧約の神は“妬みの神”といわれ、“愛の神”を唱えるキリスト教も他宗派との相克を繰り返してきた、といった具合だ。

そこで原点に返ろう、という動きは過去にもあった。最近では、世界最大宗派、ローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ法王はパレスチナ自治政府代表のアッバス議長とイスラエルのペレス大統領をローマに招き、和平実現のために「祈りの集い」を開いたことがある。

サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき2013年11月、ウィーンに事務局を置く国際機関「宗教・文化対話促進の国際センター」(KAICIID)が設立された。キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。

また、世界的神学者ハンス・キュンク教授は、キリスト教、イスラム教、儒教、仏教などすべての宗教に含まれている共通の倫理をスタンダード化して、その統一を成し遂げる「世界のエトス」を提唱している。それらの試みはある一定の成果をもたらしたことは事実だが、残念ながら宗教・宗派の壁をブレークスルーするほどのインパクトには欠けていた。

そこで今、3宗派、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教を一つの屋根のもとに集めた「一つの家」建設計画がドイツの首都ベルリン中心部のペトリ広場(Petriplatz)で進行中だ。具体的には、ユダヤ会堂(シナゴーク)、キリスト教会、そしてイスラム寺院の各宗派の建物機能を象徴的に内包し、互いに中央集会所に連結された「一つの家」を建設しようという、かなり野心的なプロジェクトだ。

「一つの家」建設計画の発端は、ベルリンのペトリ広場で中世以降の複数の教会の遺跡が発掘されたことから始まる。その遺跡のあとに宗教間の対話と共存を象徴する建物「一つの家」(House of One)を建設する計画(ペトリ広場の祈りと学ぶ家)が9年前、宗教関係者から出てきた。最初の予定より少し遅れたが、2020年4月14日に「一つの家」の礎石を行うことになっている。

その日は、ドイツの啓蒙思想家レッシングの劇詩「賢者ナータン」(Nathan der Weise)がベルリンで初演された日(1783年4月14日)に当たる。同戯曲は宗教間の寛容と対話を描いた寓話だ。ゴットホルト・エフライム・レッシング(1729-1781年)は、ドイツの詩人、劇作家、思想家。ドイツ啓蒙思想の代表的な人物だ(「『賢者ナータン』が直面した課題」2016年4月25日参考)。

「一つの家」は3宗派の基本的な要求を満たしていなければならない。例えば、ユダヤ教徒の清浄な食事典範にかなっていなければならない、といった具合だ。建築年数は3年、工費4300万ユーロ以上と見積もられている。ただし、「一つの家」の建設に最終的ゴー・サインが出るまでにはまだ紆余曲折があるかもしれない。

同じ屋根の下に住めば、これまで気が付かなかった相手の良さを発見できる一方、相手の欠点も見えてくる。スープの冷めない距離で付き合ってきた時とは違った戦いが出てくるかもしれない。「一つの家」が“積み木箱”のように強風が吹けば壊れてしまうハウスとなるか、嵐にも負けない強固なハウスとなるかは、そこに住む住人たちの責任にかかってくる。「一つの家」プロジェクトが実現されることを期待したい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。