文在寅大統領のルサンチマン(怨恨)

スイスインフォから同国の高級紙ノイエ・チュルヒャー・ツァイトゥング(略称NZZ)の日韓関係を報じた記事(「日本と何も共有したくない韓国」)が配信されてきた。NZZはスイスだけではなく、独語圏ではドイツ日刊紙フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング(FAZ)と共に高い評価を受けている日刊紙だ。

その独語圏最高峰の日刊紙が日本と韓国両国の関係をどのように論評しているかを知りたくて読んでみた。Patrick Welter記者の東京発のレポートだ。同記事の原題は「韓国は北朝鮮を友と宣言し、日本とは何も共有したくない」だ。

反日政策に邁進する文在寅大統領(韓国大統領府公式サイト、2019年1月24日)

記者は「韓国政府は北朝鮮に近づき、日本政府との確執を広げた」という。具体的には、韓国防衛白書から「北朝鮮は敵」という表現が削除される一方、日本を不信の目で見てきた。日本は3年前から韓国との2カ国関係について、「自由、民主主義、人権という基本的価値を共有」するとは受け取らなくなっている。

文在寅大統領は南北融和政策を展開することで、「半島の緊張を解き、北の非核化を実現する」と考え、北朝鮮に対しては可能な限り柔らかな口調で接してきている。日本に対しては、「歴史問題に対する中途半端な対応」を機会ある度に批判し、旧日本軍の慰安婦問題や植民統治時代の元徴用工への賠償問題を蒸し返し、日本を糾弾。それに対し、日本側は1965年の日韓基本条約と共に結ばれた請求権協定でそれらの問題は解決済みとの従来の立場を繰り返している。

日韓両国の緊張関係はここにきて軍事領域にも及ぶ。「昨秋、日本の海上自衛隊の旗をめぐる問題から、韓国・済州島で開かれた友好的な国際観艦式に参加しないという事態に発展した。先月からは韓国海軍が日本の哨戒機に火器管制レーダーを照射したかどうかをめぐり両国が争っている。韓国政府はこれを否認し、日本政府は韓国側に責任があるとの立場を貫く」と書き、両国の立場を記述している。ちなみに、文在寅大統領は3月1日の韓国臨時政府発足100年の記念式典を計画し、世界に向かって日本の過去を批判するプロパガンダ作戦を展開させる予定だ。

興味深い点は、韓国の反日政策の背景についてだ。NZZ記者は「南北両国がこれほど団結できるのは占領時代の日本に対する怨恨( Ressentiments) 以外にない」と説明する。すなわち、日本への怨恨が南北の結束を一層強めているわけだ。

「怨恨」(ルサンチマン)は単なる憎悪感情ではない。心理学者によると、「強者に対する弱者の憎悪や復讐衝動などの感情が内攻的に屈折している状態」という。

それだけではない。「韓国政府は対日関係の緊張が続くように苦心している。なぜならば、経済減速を背景に、文政権の人気は急降下。日本に対する批判は、そこから目を反らすのに役立つからだ。同時に朝鮮半島の(南北)接近が日韓両政府の緊張関係を一段と厳しくする」と、韓国の北接近の背景を冷静に分析している。すなわち、文在寅大統領の反日政策は、①北との関係強化に役立つ、②国内の経済失政から国民の関心をそらす、という2点に集約できるわけだ。

記者は「日韓とも北朝鮮の非核化という共通の目標を持つが、日本の安倍晋三首相は文大統領よりも強硬姿勢をとる。北朝鮮政府と政治・経済的に接近する準備を整える前に、数十年前に北朝鮮に拉致された日本人の行方を明らかにするよう求める。一方、文氏は対北経済制裁をできるだけ早く緩和し、開城工業地区を再開したい考えだ」と両国の指導者の対北政策の違いを明確に述べている。

欧州では安倍首相を右派の民族主義者と受け取り、一部では危険な指導者扱いしているメディアもあるが、NZZは冷静に朝鮮半島の動向を分析している。特に、文在寅大統領の反日政策への分析はやはり鋭い。

ところで、当方は文大統領の反日政策をフォローしていて合点がいかないことがあった。文大統領は金正淑夫人と共に敬虔なカトリック信者だ。文大統領夫妻は昨年、バチカンを訪問し、フランシスコ法王を謁見した。その一方、日本に対しては歴代大統領の中でも最も反日傾向が強いといわれる。

「愛と許し」を説くイエスの教え(福音)を信じる文大統領は日本には恨みの権化のように振る舞う。当方の疑問は「文大統領自身、その矛盾を感じないのか」という点だ。政治家の「政教分離だ」という説明もあるが、文大統領の反日は一時的、暫定的なものではない。今回、NZZ記者の記事に接して、その疑問点が少し解けたように感じた。すなわち、「日本へのルサンチマン」だ。

「ルサンチマン」(フランス語)という言葉を哲学の世界に使用したドイツ人哲学者、フリードリヒ・ニーチェ(1844~1900年)は、キリスト教を「弱者による強者へのルサンチマンの反逆」と受け取っている。ニーチェの視点からみれば、文大統領がキリスト信者であるのは偶然どころか、最も適当な選択だったという点に気が付く。参考までに、韓国でキリスト教が広まったのは、韓民族が大国の支配を受けた時代が長く、ルサンチマンの土壌があったからだ。

文大統領の反日は強者(日本)へのルサンチマンだ。韓国人が「歴史の正しい認識」論争で日本人に対して常に感じる「道徳的優位性」は、キリスト教初期時代、ローマ帝国の支配下にあったキリスト教徒がローマ人に対して感じた「道徳的優位性」と酷似している。

イエスは「心の貧しい人たちは幸いである。天国は彼らのものである」と述べ、「義のために迫害されてきた人たちは、幸いである。天国は彼らのものである」(マタイによる福音書第5章)と激励している。貧しい弱者のキリスト信者が強者に対し「道徳的優位性」を感じることで信仰を高めていったように、韓民族(貧しい弱者)は植民統治する日本(強者)に対してルサンチマンを抱く一方、「道徳的優位性」を密かに誇ることで厳しい現実を乗り越えてきた。その意味で、文在寅大統領の反日は韓民族の歴史が生み出した所産だ。

経済発展を遂げた韓国は今日、日本へのルサンチマンを維持するために腐心する一方、「道徳的優位性」が失われてきたことに焦りと不安を感じ出してきている。なぜならば、「道徳的優位性」に支えられないルサンチマンは自己破壊以外の何ものでもないからだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月26日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。