スイスの世界経済フォーラム年次総会(通称ダボス会議)は22日から25日まで開催されたが、トランプ米大統領やマクロン仏大統領などが参加しなかったこともあって、相対的に静かなダボス会議となった。日本からは安倍晋三首相が参加して23日に演説、国際貿易システムの見直し、世界貿易機構(WTO)の改革の必要性などを訴え、アジアの指導者としてその存在感を遺憾なく発揮できたことは良かった。
ところで、ダボスからの情報によると、世界的投資家、ジョージ・ソロス氏 (George Soros)が24日、夕食会を主催し、そこで中国の習近平国家主席を「自由社会の最も危険な人物」と厳しく批判する一方、トランプ米政権を称賛し、「中国に対し更に強硬な政策を取るべきだ」と檄を飛ばしたことが明らかになった。
ハンガリー出身のソロス氏(88)は米大統領選挙では民主党候補者を支援し、巨額の献金をすることで知られている。そのソロス氏が米共和党政権を称賛することは通常考えられない。自由経済を促進し、オープンな社会建設をライフワークとするソロス氏は本来、米国ファースト、保護貿易には強い反対の立場ではないかと考えてきた。トランプ大統領には批判的なスタンスを取ってきたからだ。
だから、ソロス氏がトランプ政権を褒めたというニュースに接したとき、フェイクニュースではないかと考えたが、そうではなかった。ソロス氏はトランプ大統領とトランプ政権を区別し、前者に対しては「彼は自分のことしか考えていない」といつものように辛辣な批判を惜しまなかったが、そのトランプ氏のもとで働くブレインたちの対中政策を称賛したのだ。
ソロスは「オープン・ソサエティ財団」を創設し、「言論の自由」、「人権擁護」の活動をする非政府機関(NGO)を支援してきた。ちなみに、同氏が母国ハンガリーのブタペストで開校した「中央ヨーロッパ大学」(CEU)で中道右派のオルバン政権から激しい弾圧を受け、「ソロス氏は中東・アフリカから大量難民を欧州に殺到させている」と批判され、大学の閉鎖を要求されている。最終的には同大学は昨年12月、ブタペストからウィーンに移転することになったばかりだ。
ダボス会議のソロス氏の発言に戻る。同氏は「デジタル監視への中国の圧倒的な力は世界にとって危険だ。中国は全ての国民を得点制で管理し、その言動をデータバンクに記録させる。それによって中国当局は全ての人間の日常活動を操作できるようになる。中国のインターネットは厳格に検閲され、中国共産党政権はを世界のデジタルの規則を無視し、インターネットの自由を脅かしている」と説明した。
ソロス氏は中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)や同国通信大手の中興通訊(ZTE)を名指しで批判する。米国を皮切りに、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日本、そしてドイツらの政府がファーウェイ社製品を政府調達から排除することを相続いで決定してきた。その理由は「中国のファーウェイとZTEのハードウェアやソフトウェアを使用すると、セキュリティ上の問題がある」というのだ。
米国はファーウェイが米国の“国家安全保障上の脅威”となると判断し、警戒している。具体的には、ファーウェイが2020年に実用化を計画している5G(第5世代移動通信システム)の覇権だ。5Gが実現され、IoT技術が普及すると、家電製品や車などさまざまなモノがインターネットに接続され、モノの相互通信・データ収集が実現する。米国が恐れるのは中国の5Gの軍事利用だ。
ソロス氏は、「中国共産党政権はIT関連技術と人工知能(AI)の開発に全力を投入し、世界の先頭を走っている。彼らはIT関連技術をパワーツールにして世界を制覇することを目論んでいる。世界はこれまで体験したことがない危険にさらされているのだ」と警告した。
聴衆者から、「フェイスブックや他のITの大企業はどちら側に立っているのか」と問われたソロス氏は「利益のある側だ」と答えると、参加者から笑いと拍手が飛び出した。欧米のIT企業が利益中心で動くことを実業家ソロス氏は良く知っている。だから、ソロス氏は、「自由な社会で生きたいと願う全ての人は中国の習近平主席に反対しなければならない」というわけだ。
ソロス氏が恐れているシナリオは「ジョージ・オーウェルも想像できなかった世界だ」と表現している。オーウェルは全体主義的なディストピアの世界を描いた「1984年」で有名なイギリス作家だ。中国共産党一党独裁政治によって運営される世界はそのディストピアを凌ぐ全体主義的社会になるという恐れだ。ユダヤ人であり、旧東欧共産党政権を体験してきたソロス氏は中国共産党政権のITとAIの覇権が何を意味するか誰よりも知っているのだろう。
ソロス氏の演説全文は以下のサイトから。
https://www.georgesoros.com/2019/01/24/remarks-delivered-at-the-world-economic-forum-2/
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年1月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。