ソニーのゲーム事業とモバイル事業の明暗を分けた背景 --- 水口 進一

寄稿

先日ソニーの決算が発表されましたが、ゲーム事業が好調で業績を牽引している一方で、モバイル事業は赤字が続いています。ゲームもモバイルもソニー独自のハードへのこだわりがありますが、業績面では明暗が分かれています。この差はハードの性能ではなくソフトウエアの規格を握っているかどうかで決まっています。

ソニー公式サイトより:編集部

現在のデジタル製品はハード単体だけでは動かず、ソフトウエアをダウンロードして動きます。そしてそのソフトウエアはパソコンであればマイクロソフトのWindows、スマートフォンではアップルのiOS、グーグルのAndroidの規格に合わせて作られています。ソフトを作る外部の企業からすればソフトを作るのに多額の資金が必要ですし、普及するかどうかわからない規格に合わせてソフトを作ることはしません。

ソフトウエアにおいていったん標準規格が確立すると、それ以外の規格で外部の企業がソフトを作ることはなくなってプラットフォームの寡占化が進みます。そしてプラットフォーム優位の構造が出来上がると、マイクロソフトであればOSのライセンス収入、アップルやグーグルであればソフト配信や広告で安定して高い収益を出せるようになるのです。

また、マイクロソフトやグーグルはハードはあえて技術や部品を外部調達すれば簡単に作れるように生産を標準化し、ハードを作る企業の競争をあおってプラットフォームの地位を強化しています。そうなると、ソフトウエアの規格を握る企業は高収益だけれどもハードを作るだけの企業は価格競争に巻き込まれて収益性が低下してしまいます。ハードを作るだけでプラットフォームを作ることをおろそかにしてきたソニーもこの価格競争に巻き込まれ、PCやスマートフォンで長い間赤字を垂れ流してきたのです。

一方、ゲーム機においては任天堂、ソニー、マイクロソフトのそれぞれの規格に合わせてゲームソフトが作られます。ゲームの場合はソニーや任天堂といったハードメーカーがソフトウエアの規格で主導権を握っているので、いったん多くのゲームメーカーが規格に合わせてソフトを作るようになってプラットフォームを確立するとそう簡単にキャッチアップされることはありません。

ゲーム機で新規参入するにはただハードを作るだけでは駄目でソフトメーカーに自社規格に合わせてソフトを作ってもらわなければなりませんが、普及するかどうかわからない規格に大量の資金を投入してソフトを作る企業はそう簡単に表れず、プラットフォームの寡占化が進みます。そしてプラットフォームの寡占化が進んだゲーム機市場では任天堂、ソニー、マイクロソフトの3者をおびやかす企業はそう簡単に現れず利益率が高くなっています。ソニーのゲーム機事業は好業績になのにモバイル事業が全くダメなのは、ハードの性能ではなくソフトウエアの規格を握っているかどうかにあるのです。

日本では製造業は技術だけあればよい、モノ作りに優れていればよいという考え方からなかなか抜け出せないようですが、モノ自体がソフトウエアで動くようになった時代に製造業であってもソフトウエアを無視してビジネスは成り立ちません。これまでのIT産業は主にPCやスマートフォンといった消費者向けのデバイスで進化を遂げましたが、ソフトウエアの重要性に気付かずハードを作るだけの企業の業績は大きく悪化しました。

そして現在はこのITの進化が自動車や医療などの産業にも影響を与え始めてています。こうした変化において技術だ、モノ作りだと従来の価値観を変えずにソフトウエアを軽視するとPCやスマートフォンと同じ失敗を繰り返します。モノ自体がソフトウエアで動くようになった時代にモノだけ作っていてもビジネスとして成功しないのです。

水口 進一 京都大学経済学研究科卒の個人投資家
経営指標や資本効率に基づいた経済・経営記事を投稿しています。