トランプ大統領が非常事態宣言、これからどうなる?

トランプ大統領は、またも公約を遵守する選択肢を選びました。

米上下院が可決した2019会計年度(2018年10月〜19年9月)予算に署名したと2月15日、メキシコ国境間の壁建設をめぐり「非常事態宣言」を行なったわけです。予算案は13.8億ドルに及ぶ壁建設予算が盛り込まれたものの、トランプ氏が要請した57億ドルに遠く及ばなかった上に、コンクリート製ではなく”鉄の薄板(bollard style wall)”などであったため、不服だったことは想像に難くありません。

15日午前、「国家非常事態」を宣言したトランプ大統領(ホワイトハウス公式FB動画より:編集部)

非常事態宣言の歴史は、1917年にウィルソン大統領が(当時)が初めて行ない幕開けしました。第2次世界大戦中は、ルーズベルト大統領(当時)が非常事態宣言を通じ、日系アメリカ人を抑留させたものです。

現代の非常事態宣言は、ウォーターゲート事件などを経て1976年に成立した国家非常事態法に依拠します。今回のトランプ大統領で存在する有効な「非常事態宣言」としては、32回目を迎えました。これにより、メキシコ国境の壁建設は①米軍建設予算、あるいは陸軍工兵司令部の予算(非常事態宣言により大統領が割り当てることが可能な枠)、②麻薬撲滅予算(国防費の予算として大統領に裁量権がある予算)、③財務省の管理下にある6億ドルもの財産差し押さえファンド(両党から批判必至)——から割り当てる可能性が出てきました。当初は57億ドルの予算を要請していましたが、政権側は非常事態宣言により最大80億ドルの捻出が可能と試算しているもようです。

1979年以降の非常事態宣言自体は、無効分を含め52回。

作成:CRSよりMy Big Apple NY

そもそも1976年以降、「非常事態」はどのような場面で宣言されてきたのでしょうか?議会調査局(CRS)の資料では、「国家が危機、非常事態、緊急事態(crisis, exigency, or emergency circumstances)の脅威」にさらされた場合に行使されるとあります。ただし”may be”と前置きされるように、具体的な定義はありません。

同法成立後、最初に行使したのはカーター大統領で、イランのアメリカ大使館で人質事件が発生した1979年11月に宣言したものです。2000年以降では、2001年9月にブッシュ大統領(当時)が同時多発テロ事件発生時、直近ではオバマ大統領(当時)が2015年にサイバー攻撃をめぐり宣言に至りました。非常事態宣言で大統領が行使できる分野は136に及び、戒厳令の発動ほか海外派兵、資産凍結、旅行制限などが含まれます。

問題は、今回の非常事態宣言が果たして「国家が危機、非常事態、緊急事態の脅威」に直面しているか否かです。

そもそも、「非常事態宣言」は取り消し可能なのでしょうか?国家緊急事態法によれば、可能です。大統領が不適切に権限を行使したと米上下院が判断し差し止め法案を過半数で可決すれば、同宣言を無効とする一歩が踏み出せます。しかし、トランプ氏が拒否権を発動しないはずはありません。そうなれば、米上下院で3分の2の票の合同決議をもって、非常事態宣言を差し止められます。

ただし、民主党が多数派を握る下院で仮に共和党議員を取り込み3分の2の票を集められたとしても、共和党が過半数を占める上院では極めて困難でしょう。あるいは、非常事態宣言で大統領が行使できる136分野を制限する法案を提出する可能性が考えられますが、こちらも上院で可決できるとは到底思えません。

今回の非常事態宣言を「違憲」と判断した第3者が、あるいは民主党が提訴することできます。既にメキシコ系移民が人口の37%を占めるカリフォルニア州では、提訴の構えをみせる状況。民主党はこれを支持する可能性を残すとしても、法廷闘争は時間が掛かること必至です。争点は①メキシコ国境間の状況が非常事態に該当するか否か、②大統領による税金割り当ての合憲性——の2つが柱となることでしょう。

いずれにしても、トランプ大統領はパンドラの箱を開けてしまったことに変わりありません。金融市場は、イスラム圏6ヵ国からの入国禁止令の反応のように、そうは思っていないようですが、一応は不確実性が一つ消えたという話になるんでしょうかね。

【追記  18日午前】

事前の世論調査(2月12~13日実施)では、米国民の69%がメキシコ国境間の壁建設を受けた非常事態宣言に反対と回答していました。賛成は僅か31%。それでも公約遵守に向かったトランプ大統領、むしろ保守派層に支えられ支持率は鉄壁の4割を維持してもおかしくない?


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2019年2月17日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。