ワシントン発「ISとの戦の後始末」

長谷川 良

イスラム過激派テロ組織「イスラム国」(IS)との戦は既に終わりが見えてきた。それに呼応し、ロシア、イラン、そしてトルコの3国主導によるシリア内戦後の話し合いが進展している。一方、トランプ米大統領はシリアから米軍撤退を発表したが、米与野党内で米軍撤退に反対の声が出てきており、トランプ大統領の計画通りには早期撤退は難しくなってきた。そのような中、トランプ氏は英国、フランス、そしてドイツら欧州諸国にシリア北部で拘束中の800人を超える欧州出身のIS戦闘員の引き取りを要求。拒否した場合、彼らを解放せざるを得なくなると付け加えることを忘れなかった。

▲クルツ首相は15日、安倍晋三首相と会談。20日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談予定(日本首相官邸公式サイトから)

▲クルツ首相は15日、安倍晋三首相と会談。20日にホワイトハウスでトランプ大統領と会談予定(日本首相官邸公式サイトから)

シリアのクルド系の情報によると、クルドが管理している北シリアの地域には800人のISの外国人戦闘員が拘束され、それにISの夫人700人の女性たちと1500人の子供たちがいるという。

トランプ氏からIS戦闘員の引き取りを強いられた欧州は18日、ハムレットのように、「ISの戦闘員を受け入れるべきか、トランプ氏の要求を拒否すべきか」で苦悩を深めている。

トランプ氏の要求に対し、デンマークは「わが国は受け入れない」と素早く拒否。ドイツではメルケル大連立政権下で微妙な相違があるが、戦闘員以外の家族、子供たちの受け入れでは問題がないという立場だ。

一方、欧州連合(EU)から離脱問題で奔走中のテレーザ・メイ英首相は、「戦争犯罪を犯した戦闘員はその犯行を行ったシリアで裁判を受けるべきだ」と表明、英国移送には難色を示している。

すなわち、トランプ発「ISとの戦の後始末」案で欧州は3陣営に分かれてきた。①受け入れる用意がある、②絶対受け入れない。③態度を決めかねる―だ。欧州は機会ある度に“共通外交”を標榜してきたが、トランプ氏の要求に対し加盟国間でコンセンサスは見つかっていない。

EU外務・安全保障政策担当のフェデリカ・モゲリーニ上級代表は18日、ブリュッセルで開かれた外相理事会後、「基本的には加盟国が決めるべき問題だ」と匙を投げている。

ところで、国際法的観点からいえば明確だ。「祖国に帰国を願う国民を受け入れざるを得ない。帰国を願う国民がIS戦闘員だったとしても国籍を有している以上、その国はその国民の出入国を保証する義務がある」というのだ。国内に帰国したIS戦闘員は国内で裁判を受け、刑罰を受ける。ただし、シリアで刑罰を受けた人間は国内で同じ犯罪で再度刑罰を受けることは基本的にはない。

中東・北アフリカから難民が殺到した時、欧州諸国の中でもハンガリーと共に厳格な難民政策を実施、国境線を素早く閉鎖したオーストリアのセバスチャン・クルツ首相は、「わが国はフランス、デンマーク、英国のように、戦闘で蛮行を犯してきたIS戦闘員に対しては、国民の安全を第一に考えざるを得ない」と述べ、IS戦闘員の引き取りには消極的だ。

ちなみに、オーストリア連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)によると、同国から総数320人がイスラム過激派活動家としてシリア、イラクで紛争に参戦し、そのうち約60人が死亡。約90人がオーストリアに帰国した。紛争地にまだ約100人がいるが、そのうち約30人はオーストリア国籍所有者だ。

ハイコ・マース独外相は、「IS戦闘員の引き取りは難しい。国籍所有者の権利が問題ではなく、安全問題だ」と反論し、「トランプ大統領の要求を受け入れることは簡単ではない」と強調。一方、フランスのニコル・ベルべ法相は、「シリアからのIS戦闘員の引き取りには応じない」とはっきりとトランプ大統領の要求を拒否している。フランスの場合、戦闘員だけではなく、その家族も引き取らない。なぜならば、「彼らはフランスの敵だ。ただし、未成年者の子供たちの引き取り問題では個々のケースを慎重に検討する」という。

ルクセンブルクのジャン・アセルボーン外相は、「欧州と米国の関係が危機に直面している。米国が命令し、欧州はその命令を実行するといった関係になってきた。これでは欧州と米国の正常な関係は崩壊する」と警告を発している。

欧州は貿易関係、イランの核合意問題、対中関係でトランプ政権と対立してきた。IS戦闘員の引き取り問題が新たに加わり、米国との関係は一層、険悪化する兆候が出てきた。トランプ大統領のツイッター外交に対し、欧州は為す術もなく、守勢を強いられてきている。欧州の共通外交は“夢のまた夢”に過ぎないわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。