築地再開発の東京都素案は、既視感満載、”箱モノ”志向の安直極まる内容
開業から数か月がたち、豊洲市場で見かける観光客の数も少し落ち着いてきたように感じる。開業当初の大行列にはビックリしたが、あらためて築地から引き継がれた”訪れる価値ある場所”としての”市場”への期待感には刮目させられた。
さてここからの重大事は、都民にとって虎の子とも言える”築地市場”跡地の再開発である。
(日本経済新聞)にぎわい創出、具体策これから 築地再開発で素案
まだまだ素案の段階とは言え、”国際会議場”や”高級ホテル”、”大型商業施設”と、いつもの”箱モノ”再開発に直結しそうな、いかにも安直極まる内容で暗たんたる気分にさせられた。
高度成長期、都市開発は日常生活をおくる住宅地としての郊外と、働く場所としての都心の役割を分けて考えた。その昭和モデルが、通勤地獄や郊外のスプロール現象(無秩序な乱開発)、一方で極端に夜間休日人口が少ない都心部の無機質化を引き起こしたことはもはや歴史的事実である。そこで近年は、少子高齢化もふまえ、職住近接のコンパクトでスマートな、人の温もりを常に感じられる都心再開発へのパラダイムシフトを進めてきたのではなかったか?今更、大型”箱モノ”主義の素案はあまりにも時代錯誤と逆にビックリした。
築地市場の魅力は、”中小資本”と”自然発生的なにぎわい”にあった。
ここで、築地市場が持っていた(あるいは築地場外に今でも残る)魅力について振り返ると①中小資本による、②自然発生的なにぎわいではないかと私は考える。両方とも古く開かれた公設市場という特性に関わるものだ。これらDNAを継承した姿こそが、再開発後の築地としてのあるべき姿なのではないだろうかうか。
”中小資本”による、それぞれに個性的な商売の息遣い
まず①の中小資本には、個人の色や味が感じられる面白さの魅力がある。店の雰囲気も、扱うものも何だかんだと唯一無二。仲買の世界も勿論そうだし、河岸で働く人のための喫茶店でさえ、タダものではない。吉野家やすしざんまいのように全国区になった例もあるが、そもそもの出発点は個人商店だ。すしざんまい(喜代村)の社長を見れば、どれだけ個性的なおっちゃん、おばちゃんがひしめいているか理解できるというものだ。
そして今の東京、日本を振り返るとき、これほど中小資本のスタートアップパワーが求められている時代もないのである。米中をはじめとする諸外国に比べてのITベンチャー層の薄さ、ユニコーン企業の少なさや産業構造の更新がままならない停滞状態は日本の将来に暗い影を投げ落としている。
例えば、かつて表参道と明治通り交差点にあった原宿セントラルアパートには、多くのファッションデザイナーやクリエイター、マスコミ関係者が集まりその後の日本ファッション産業隆盛の一大インキュベーション基地となった。近隣の同潤会アパートも同じような役割を果たしただろう。
他にも、かつて秋葉原のガード下には、半導体など電子パーツを扱う店が軒を連ね、草の根ベンチャー技術者を支えていた。神田ではおびただしい数の個性的な古本屋や書店が、プロアマの知的探求心を支える一大メッカとなっていた。それらどの街も今では大資本の再開発やビルに押しやられ、もはや中小のユニークな事業者が商いを出来そうなニッチがほとんどなくなってしまったように感じる。
銀座に知る、小体であることの良さ
築地は、資本が小さいがゆえの必然として、店舗の敷地自体が小体ということもまた良さであった。歩き回れる範囲、店側の息遣いが感じられる距離。そこに、店側とお客との直接のやり取りが生まれる楽しさがあった。これは銀座の街にも見られる美点であり、江戸時代からの町割りの歴史から、一軒一軒の敷地が狭い。その狭い一軒一軒を路地が結んでいて、縦横無尽に行き来ができることがヒューマンスケールの街のひとつの要件なのである。
銀座に限らずとも、ある研究者によれば、下北沢、渋谷、三軒茶屋など人が好んで集まる人気の街には、道路や鉄道で区切られた挟角の構造がしばしば見られるとのことである。何故そんな狭い場所に好んで集まるんだと聞かれても、何か面白そうだからとしか言えないが、これもまた人間の機微なのである。
にぎわいは”作る”ものではないのでは?
そして、小池都知事や行政関係者が二言目には言う、“にぎわいの創出”という言葉。これほど胡散臭い言葉もない。逆説的には、本当のにぎわいは、行政関係者が企図した範囲や場所には決して起こりえないと考える。何故なら、人間の機微は、予定調和の外にある新発見の意外性を求めて常に行動するからだ。特に、観光のそぞろ歩きともなればなおさら。誰が、行政や都市計画者の意図通りに行動などするであろうか。
原宿の竹下通り、裏原、アメ横、秋葉原、人の絶えない街はどこも自然発生的な成り立ちだ。一方で、行政主導の再開発は、惨憺たるものではないか。代表的には大都庁のお膝元でもある西新宿。それぞれに近代建築の粋を凝らした超高層ビルは素晴らしい。竣工から年月も経ち、程よく商店エリアも一肌にこなれてきた感もある。しかし、決定的に西新宿全体での回遊性が低く、土日のゴーストタウン感はちょっと怖いぐらいだ。たまりかねて、大改修も一部行われるようだが、今の西新宿を好きな街としてあげる人は少ないだろう。
(参照:住友不動産プレスリリース「新宿住友ビル 大規模改修計画」)
近くに、ニュー新橋ビルという良き見本があるではないか
もし、都議会や小池都知事に築地市場が持っていた魅力を再開発で引継ぎたいという気持ちが本当にあるのであれば、現在の素案にこだわるべきではない。都主導だからできる、中小資本やスタートアップが集積できる梁山泊。どんな商売でも、日本人でも外国人でも、学生も年寄りも気軽に商売を始められる場所とすべきである。
そう、素晴らしいモデルが、お隣新橋の駅前にあるではないか。”ニュー新橋ビル”。確かに老朽化しているゆえ、再開発の計画もあるが、独自のエコシステムを構築しており楽しいことこの上ない。チケット屋、すっぽんエキス、フレッシュジュース、マッサージ屋、碁会所。ひと昔前は、怪しげな貸金屋やゲームセンターもあった。
さらに上層のオフィスフロアには、士師業の先生方他、良い意味で何をやってるのかわからないユニークな事務所のオンパレードだ。飲食店も老舗の立ち食いうどん屋(うまし!)から名物”むさしや”デカ盛りオムライスまで、”にぎわい“など創出されずとも、おのずと商売繁盛だ。もともとが、駅前の市をヤミ市を収容した歴史からだろうか、何でもありのざっかけなさ。今現在、かつての築地が持っていた魅力(中小資本、自然発生のにぎわい)を体現しているのは、間違いなく”ニュー新橋ビル”だ。
近隣の虎ノ門などでは、お決まりの大企業用のオフィスタワー、外国人や富裕層向けのサービスアパートメントや超高級ホテルなど、大資本の論理での再開発が目白押しだ。だから東京都にこそ、中小資本に優しく間口が広い、都会のニッチとなるような場を作って欲しい。さすれば、間違いなく勝手に”にぎわい”は付いてくる。それこそが、築地市場のDNAを受け継ぎ、現在の場外市場とも自然に共鳴する再開発となると確信する。
秋月 涼佑(あきづき りょうすけ)
大手広告代理店で外資系クライアント等を担当。現在、独立してブランドプロデューサーとして活動中。