前回は過去11年強の改革で大阪の社会と経済の各種指標が大幅に改善したこと、その背景には2008年の橋下知事就任に始まる一連の「維新改革」があると指摘した。今回は、大阪府と大阪市がなぜ大規模で徹底した改革を11年も続けられてきたのか、また犬猿の仲の大阪府と大阪市がなぜ密接に連携するようになったのか、維新改革のパワーの背景を考える。
地方自治史上、最大スケールの改革
大阪の維新改革は、“行政改革”の域をはるかに超えた都市改造の運動である。具体的には次の5点で他の自治体のこれまでの改革を大きく凌駕(りょうが)する。
第1に役所のスリム化(「予算や組織の削減」)にとどまらず、当初からメリハリをつけた積極投資(特に交通インフラ、教育・現役世代支援)をしてきた。
第2に長期にわたり、とめどなく行政の全領域で抜本改革を続けている(地下鉄民営化や相対評価人事制度の導入から公園・動物園のサービス改革などきめの細かなものまで)。
第3に改革の”触媒”として随所に外部のプロ人材を活用してきた。例えば市営地下鉄・バスの民営化に先立って、私鉄から交通局長を登用した。一部の部局長や区長にも公募で民間出身者を数多く採用した。さらに経営コンサルタントや会計士、弁護士、研究者など民間企業と研鑽を積んできた各種プロフェッショナルを特別顧問や特別参与として起用し、職員チームと協業をした。
第4に大阪府議会、大阪市議会で地域政党「大阪維新の会」が住民の支持を得て最大会派を形成しずっと両首長を支えてきた。
第5に同会は国政にも進出し、改革の現場経験をもとに国に対し各種制度(特に教育・生活保護等)の改革を迫った。また自ら「都構想」を発案し知事、市長、地元議会、国会議員がそろって国に対して時代遅れの地方自治制度(政令指定都市制度など)の見直しを迫った。その結果、政令指定都市制度の法律改正を実現し「都構想」の住民投票(一度目を15年5月に実施)にこぎ着けた(2019年中に二度目の住民投票が行われる可能性がある)。
これらを総合すると「維新改革」は、もはや自治体改革の域を超えた地域再生運動、いや「革命」とすら言ってよいかもしれない。
大阪の構造的欠陥 府と市の“二重行政”と“ふし(府市)あわせ“
「大阪維新」の政治的原動力はもちろん「維新改革」への住民の持続的な支持にある。当初は橋下徹氏の才覚と大衆的人気(集票力)が大きかっただろう。しかし教育改革、財政再建、公務員制度改革など公約に掲げた課題の解決の実績が積み上がった結果、最近では「維新体制」への信頼に変わりつつある。
しかし、大阪維新の会が改革に執心し、また長期にわたって住民の支持を得て政治エネルギーを結集できる秘密(=特殊事情)がもう一つある。それは“ふし(府市)あわせ“と揶揄されるほどの大阪府と大阪市の分断と対立の歴史である。
実は大阪府・大阪市はどちらも大都市の経営体としては不完全である。なぜなら大阪市は政令指定都市であるため府の権限の一部を持つ。そのため府の権限はドーナツのように大阪市域の外に限られる。大阪市のほうも府から得た都市計画や経済政策などの権限を狭い大阪市域の中だけで行使しても限界がある。その結果、大阪全体としての統一的な広域行政ができなくなる。
逆に一部の領域(中小企業向け信用保証、交通政策、住宅政策、中小企業支援等)では府と市の“二重行政”の無駄が生じた。例えば府と市は大学、浄水場、公園等に張り合って投資してきた。しかしこれは大きな目で見ると限られた予算を分散投資するので効率が悪い。加えて両者は都市計画から企業誘致まであらゆる分野で長年対立し“府市あわせ(不幸せ)”ともいわれてきた。
片や東京では、戦後一貫して都庁が水道や消防を含む幅広い分野の権限を掌握し、スケールメリット生かした広域行政を展開してきたが、これは戦前に東京市と東京都を統合して再編した賜物である。大阪の経済的地盤沈下の原因は多々あるがなんといっても府市の行政の分断は大きい。大阪維新の会は大阪府と大阪市の“分断と対立”を大阪の致命的弱点と分析しそれを解消すべく都構想を掲げ、住民から支持されてきた。
都構想を先取りする2トップの連携体制
しかし「都構想」=府市統合の実現には時間がかかる。それを待っていては大阪は衰退する一方である。そこで2011年秋のダブル選挙(大阪維新の会から橋下市長と松井知事が当選)以降は、同一会派に所属する府知事と大阪市長が政策上で密接に連携するとともに、府庁と市役所が合同で府市統合本部(現在は副首都推進本部)を設置して広域行政をなるべく一本化してきた。
分散投資になっていたインフラ投資も見直された。広域的視点から府市共同で鉄道、空港、道路のあり方を見直し、滞っていたインフラの整備計画が一気に動き出した。さらに、同一規模で並立していた府立と市立の大学や信用保証協会、公設試験場、公衆衛生研究所などが次々に経営統合され多くの外部機関の府市統合が実現した。また地下鉄・バスの民営化、市立病院の独立行政法人化や収支改善も実現できた。
府市の分断を逆ばねに改革を推進
このように維新改革では、地域政党「大阪維新の会」が大都市・大阪の構造的欠陥として府市の制度的分断を指摘し、その解消の手段として「都構想」を訴えた。こうして政治の手で大都市・大阪が抱える目に見えない構造的欠陥が“見える化”され、“結晶化”(シングルイシュー化)された。加えて、同会は知事と市長の2トップ連携体制をフル稼働させ、都構想の実現を待たなくてもできる各種改革で実績をあげ、万博誘致にも成功した。府市の分断は大阪の弱点だが、同会はそれを直視し、その解消に挑み続けることで住民から支持されてきた。そして同時に改革のための政治的パワーを得てきたのである。
こうしてみると11年にもわたる維新改革を支えてきたのは、第1に地域政党「大阪維新の会」という”イノベーション”、第2に「都構想」という看板政策(シングルイシュー)の切れ味、そして第3に2011年から続く知事と市長の2トップ連携体制による府市連携の成果といえそうだ。
ちなみに首都圏では大阪維新といえば、いまだに橋下徹氏の人気の産物という短絡理解がされがちである。しかし同氏は3年半も前に大阪の政治から引退した。市営地下鉄の民営化、府立と市立の大学統合、万博誘致などの最近の成果は松井知事と吉村市長の代に入って実現した。だが、今後もずっとこの流れが維持できるとは限らない。
何かの事情で知事と市長のツートップのどちらかが維新の会以外の会派から選ばれた場合、全ては儚く消えてしまう。現在の維新改革の勢いとスピードを維持し、また大都市としての制度的欠陥を補正するためにはやはり府と市を制度的に再構築する都構想の実現が不可欠である。
(注)なお、さらに詳細な分析の結果の発表を2月24日(日曜)に慶應義塾大学三田キャンパスにて開催される『行政経営フォーラム例会』で報告する予定である。(一般参加も可能。申し込み等詳細は、拙ブログを参照、当日は朝10時から17時まで、電子政府、水道民営化、地方公共交通問題、東京都改革など多様なテーマのセッションを開催)
編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏(大阪府市特別顧問、愛知県政策顧問)のブログ、2019年2月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。