独保守派「メルケル首相の退陣」要求

ドイツの与党「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)の保守派グループ(WertEUnion)からメルケル首相の退陣を要求する声が高まってきた。メルケル首相は昨年10月29日、CDU党首のポストを辞任し、首相職に専念、首相の任期が終わったら、政界から引退する意向を表明していた。それを受け、CDUは昨年12月、第31回党大会を開催し、アンネグレート・クランプ=カレンバウアー党幹事長(56)を新党首に選出したばかりだ。その結果、社会民主党(SPD)との大連立政権ではメルケル首相が、党はカレンバウアー党首が率いる2頭指導体制がスタートした。

▲CDUの新党首に選出され、祝福を受けるアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党幹事長(CDU公式サイトから、2018年12月7日)

▲CDUの新党首に選出され、祝福を受けるアンネグレート・クランプ=カレンバウアー党幹事長(CDU公式サイトから、2018年12月7日)

それがここにきて、CDU/CSU内の保守派グループからメルケル首相の早期退陣を求める声が出てきたわけだ。保守派グループのアレクサンダー・ミチ議長は、「メルケル首相は早期に、首相ポストをクランプ=カレンバウアー党首に引き渡すべきだ。CDUとしてはそれがベストだ」と主張して、大きな波紋を投じている。

その理由は、メルケル首相が推進してきた難民・移民政策と経済政策を修正できるからだ。換言すれば、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に奪われた保守系有権者を取り返すために、CDU本来のキリスト教価値観に回帰し、経済分野でも積極的な政策を打ち出せるというわけだ。

保守派グループには、第4次メルケル連立政権のパートナー、社会民主党(SPD)が今年実施されるブレーメン州、ブランデンブルク州、ザクセン州、テューリンゲン州の州議会選で得票率を失う事態が続くならば、CDU/CSUとSPDの大連立政権は解体する可能性が高い、という読みがある。そのためにも、CDUは今のうちにメルケル首相からクランプ=カレンバウアー党首にチェンジし、早期総選挙の準備態勢を敷いた方がいいと判断したわけだ。

メルケル首相の指導力は弱まっている。2017年9月24日の連邦議会選でメルケル首相が率いたCDUは第1党を維持したが、前回選挙(2013年)比で得票率は8・6%減少した。それだけではない。選挙後の連立工作でもドタバタが多かった。第4次メルケル連立政権は昨年3月14日、連邦議会選から171日後に発足し、戦後最長の新政権空白という記録を樹立した経緯がある。

一方、メルケル政権のパートナー、SPDはアンドレア・ナーレス新党首の下、党勢力の回復に努めてきているが、複数の世論調査を見る限りでは、支持率低下にストップがかかっていない。そのSPDからは「メルケル首相が退陣し、クランプ=カレンバウアー党首が首相に就任するのなら、連立政権を解消する」といった声が聞かれる。

イエンス・シュパーン保健相(CDU)は、「第4次連立政権は発足して1年しか経過していない。SPDは連立政権の解散といった憶測情報を流すことに腐心せず、連立政権に対する国民の期待に応えるように努力すべきだ」と批判している。

CDUの保守派は18年間続いたメルケル党首時代から一刻も早く脱皮し、新しいスタートを切るためには、党首だけではなく、首相ポストも変えるべきだと考えている。クランプ=カレンバウアー党首も「ミニ・メルケル」と呼ばれることを嫌い、メルケル色を脱し、独自色を出す努力をしてきている。同党首は基本的にはSPDとの大連立には批判的だ。

欧州連合(EU)では過去、メルケル首相とマクロン仏大統領が原動力となって政策を主導してきたが、マクロン大統領が公表したEU改革案について、メルケル首相が答えるのではなく、クランプ=カレンバウアー党首が日刊紙ヴェルト日曜版で独自のEU改革案を提案するなど、メルケル首相に代わってEUの改革にも積極的に発言している。

昨年12月のCDU党首選で対抗馬の元下院院内総務で政界を離れて実業界で歩んできたフリードリヒ・メルツ氏が当選していたら、メルケル首相落としがすぐに始まり、SPDとの大連立政権に亀裂が生じ、早期総選挙の実施というシナリオが考えられた。しかし、クランプ=カレンバウアー党首が選出されたことで、メルケル首相のポストは安泰と受け取られてきた。ところが第4次メルケル大連立政権が発足して今月14日で1年目を迎える今、CDU-CSUの保守派グループからメルケル首相外しが始まったわけだ。ただし、ドイツの複数の世論調査によると、国民から最も愛されている政治家は依然メルケル首相という結果が出てもいる。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年3月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。