4月から、いよいよ働き方改革関連法が施行されます。働く人がそれぞれの事情に応じた多様な働き方を選べる社会の実現を目指して、「働きすぎの防止」「健康管理の徹底」「公正な待遇の確保」などのための措置が、順次適用されていくことになります。
出典:厚生労働省「働き方改革~一億総活躍社会の実現に向けて」
また厚生労働省のパンフレットでは、働き方改革は「中小企業において着実に実施することが必要」だと強調されています。これは、日本の企業数の99.7%を占め、わが国雇用の7割を担う中小企業を魅力ある職場にできれば、人手不足解消にもつながると考えられているのでしょう。
では、実際に中小企業で働く人たちは、「働き方改革」についてどのように受けとめているのでしょうか。まず「働きすぎの防止」から見ていきたいと思います。
(文責・アゴラ編集部・髙橋 大樹 監修・AIG総合研究所)
(※本稿では「労働時間法制の見直し」に焦点を置くことにし、冒頭に挙げたポイントの「公正な待遇の確保」(=“同一労働・同一賃金”)は扱いません。)
中小企業の半数強、働きすぎ防止に「未対応」「無理」
働き方改革関連法への中小企業の準備状況に関しては、日本商工会議所がまとめた調査結果が今年1月9日に公表されました。この調査は、全国の中小企業2,881社を対象に行われたものです。
参考:日本商工会議所「『働き方改革関連法への準備状況等に関する調査』集計結果」
資料によると、「働きすぎの防止」にかかわる“時間外労働の上限規制(中小企業は2020年4月から適用)”と“年次有給休暇の取得義務化”について、「対応済・対応の目途が付いている」と回答した企業の割合はそれぞれ45.9%と44.0%でした。
つまり、中小企業の半数超が「未対応」ということになり、その理由には「業務量に対する人員不足」や「業務の繁閑がコントロール不能」、また「取引先からの短納期や急な変更等の要請」が挙げられています。
ここで、中小企業関係者の本音を知るためにネットを見てみましょう。ツイッターの検索窓に「中小企業」「働き方改革」と入力して検索すると、以下のような切実なコメントが話題のツイートとして出てきます。
中小企業には関係ない働き方改革(笑)(笑)管理職の仕事だけ、増えるってな(笑)(笑)
何でなんだろうな……。
大企業はすぐに働き方改革始めますが、それを末端の中小企業までってのは無理です。休んでる間に受注横取りされて売上下がったらって不安がサキだって改革なんて無理無理。
働き方改革ちゅーんは中小企業の管理部門の心をバキバキにへし折る改革やったのね。辛すぎるわ。
商工会議所の調査結果を裏づけるかのように、働きすぎの防止なんて「無理」「関係ない」などのシニカルな意見が並んでいました。
健康管理の徹底でも「置き去り」の中小企業
次に働き方改革の「健康管理の徹底」に移りましょう。企業のメンタルヘルス対策を研究するAIG総合研究所の藤居学氏は、厚生労働省の資料から、うつ病などの精神障害による労災補償の請求・認定件数の推移を下図にまとめました。ネットにも管理職の心のケアを心配する声が上がっていましたが、図が示すように、企業の健康管理におけるメンタルヘルス対策の重要性は近年急激に増しています。
出典:(AIG総研インサイト)企業のメンタルヘルス管理の枠組みと現状
参考:厚生労働省「精神障害に関する事案の労災補償状況」
こうした状況を受け、政府は2015年12月から、働く人が自分のストレスの状態を把握するための簡単な検査を行う取り組み(=ストレスチェック制度)を導入しました。ですが、産業医の選定やストレスチェックの定期的な実施を義務づけられているのは、労働者数50人以上の事業所に限られています。
実際、厚生労働省の平成28年度労働安全衛生調査(実態調査)を見ると、「メンタルヘルス対策に取り組んでいる」と回答した企業の割合は、規模によって大きく差が開いているのがわかります。50人以上の事業所でみれば約9割に達するのに対し、50人未満の事業所は約5割にとどまります(下表参照)。
参考:厚生労働省「平成28年 労働安全衛生調査(実態調査)」
以上の調査結果は、企業のメンタルヘルス対策への従来のアプローチの限界を示していると見ることもできるでしょう。コスト負担の面では、多くの中小企業にとって産業医を置いてストレスチェックを実施することはあまり現実的でないのかもしれません。
その場合、4月からの改正で産業医の権限や機能が強化されても、その効果は限定的なものにとどまるおそれがあります。
「職場環境の改善」がメンタルヘルスに役立つ:注目の「職場ドック」
では、中小企業は働き方改革をあきらめるしかないのでしょうか?じつは最近の研究では、職場環境の見直しが働く人のメンタルヘルスに役立つことがわかってきました。
いま注目されている取り組みのひとつに、「職場ドック」というものがあります。これは、人間ドックのように職場を定期的に点検してメンテナンスするための、参加型の職場環境改善活動のことです。
参考:大原記念労働科学研究所「職場環境改善を通じたメンタルヘルス対策~職場ドック事業の取り組み~」
具体的な作業としては、たとえば職場ごとに5~6人のグループを構成し、職場環境改善の計画、実施、報告・評価(他の職場や事業場全体との共有)、見直しを繰り返します。
またグループワークで見直すポイントとしては、「仕事の量」「裁量度」「役割明確さ」「上司・同僚の支援」「将来の見通し」などの職場環境の要因がチェックされることになります。
出典:(こころの耳)いきいき職場づくりのための参加型職場環境改善の手引き(仕事のストレスを改善する職場環境改善のすすめ方)
中小企業だからこそできる⁈「職場環境の改善」から始める働き方改革
働き方改革における従来のメンタルヘルス対策は、従業員にストレスチェックを実施し、ハイリスクとされた場合に希望者には産業医の面接指導を勧めるものでした。このアプローチでは、メンタルヘルスの不調を働く人個人だけの問題にしてしまうリスクがあります。
ただ実際には、前述の藤居氏が指摘するように、健康だった従業員が不調に陥る原因として「外的要因」、すなわち与えられた職務の内容、労働時間や裁量の大きさ、突発的業務の多さ、上司や同僚との関係、ハラスメントなど職場環境の影響が大きいのはいうまでもありません。
また医者に頼る従来のアプローチは中小企業にとってコストが割高になるのに対し、職場環境の改善は自分たちだけでできるというメリットがあります。従業員へのストレスチェックは、ストレスの高い職場の特定などに利用することができるでしょう。
「働き方改革」とは、ひとことでいうなら、「誰もが働きたいと思う職場を作ること」です。今回の法改正への対応とともに(対応もさることながら)、専門家が必ずしも必要とされない、職場環境の改善のような自分たちだけで小さく始められるところに、「働き方改革」のカギは案外転がっているかもしれません。
この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。
『転ばぬ先のチエ』は、国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。