「政教分離」という表現は度々使ってきたが、「政経分離」という四字熟語は使用したことがなかった。韓国の文在寅大統領が対日関係で頻繁に使用する「未来志向の関係」という表現が実は「政経分離」を意味していることを知った。
世界史を学べば、欧州の歴史では「政教分離」という表現が出てくる。国家と宗教の関係で、国家の宗教性の中立、独立性を意味する。その背後には、欧州でキリスト教会が国家の運営に干渉し過ぎ、影響を与えてきたことへの反省もあった。フランスのライシテから米国の憲法では国教を禁止するなど、さまざまな「政教分離」の形態がある。簡単にいえば、政治の世界に宗教は干渉しないこと、逆に言えば、「信教の自由」を政治の干渉から守るという狙いが含まれている。
それでは、「政経分離」とは何を意味するのか。ここは「政経分離」を主張する韓国の文大統領のスピーチから説明する方が理解できるだろう。
文大統領は先月28日、外資系企業の経営者を大統領府に招き懇談会を開いた。そこで大統領は日本の企業関係者に対し、「経済的な交流は政治とは別に捉えるべきだ」と主張し、「韓国大法院が日本の植民地時代に強制徴用された被害者への賠償を日本企業に命じた問題などで日韓関係は悪化しているが、これとは関係なく企業間では友好的な関係を続けるべきだ」という考えを示した(韓国聯合ニュース3月28日)。要するに、経済活動は国家間の政治情勢には影響されずに、自主的に機能すべきだという意味になる。
ところで、文大統領の発言を素直に受け取れる日本人は多くはいないだろう。連日、日本を批判し、日韓で合意した慰安婦問題をぶっとばし、1965年の日韓基本条約と請求権協定を無視し、いわゆる元徴用工(朝鮮半島出身の戦時労働者)の賠償金請求を蒸し返したばかりか、海上自衛隊の哨戒機に対し火器管制レーダーを照射した件では日本側の証拠開示にもかかわらず虚言を繰り返し、詭弁を弄する韓国側に対し、多くの日本国民は怒りを感じきた。その反日発言の発祥地、文大統領が日本企業関係者に向かって、「経済活動は政治とは別に捉えるべきだ」と述べているわけだ。
そういえば、韓国の李洛淵首相は先月29日、中国の重慶で日本による植民地時代に創設された大韓民国臨時政府の「光復軍」総司令部の復元記念式に出席し、そこで「今の韓国も日本との不幸な歴史を克服し、1500年に及ぶ韓日の交流や協力の歴史を未来志向に発展させ……」(聯合ニュース3月29日)と強調している。同首相が語った「未来志向」とは文大統領の「政経分離」の原則を別の表現で述べたものということが理解できる。
「政経分離」の原則は文大統領の発案ではない。中国の習近平国家主席も2017年7月13日、ドイツのハンブルクで開かれた主要20カ国首脳会談で安倍晋三首相と会談した際、「政治的課題は一つ一つ解決しなければならないが、両国の経済関係の発展を遮断してはならない」と述べ、「政経分離」の原則を表明している。日中間の尖閣諸島など領土問題と経済関係を分離して取り扱おうと提案したわけだ(読売新聞から)。ついでに、ロシアのプーチン大統領も安倍首相との会談で、「領土問題も重要だが、両国間の経済協力こそ促進すべきだ」といった趣旨の発言をしている。これで「政経分離」が何を意味し、その目的はどこにあるか、というのが理解できるだろう。
政治と経済は本来、分離できない。文大統領,習近平主席、そしてプーチン大統領の中韓露の3国の指導者はいずれも日本との間で領土問題や反日運動を抱え、日本からの投資や経済支援がスムーズに手に入らないことに頭を痛めている。だから、領土問題は棚上げし、反日運動は継続しながらも、日本から経済支援の恩恵を受けたい、といった本音が「政経分離」という表現の中に隠されているわけだ。これは立派な詐欺行為だ。
中国の場合、日中関係は「政経分離」から「戦略的互恵関係」という表現にレベルアップしてきたが、韓国の場合、国民経済が厳しくなると、反日の掛け声とともに、日韓関係は「政経分離」、「未来志向」でいくべきだ、という言葉が盛んに飛び出してくる。換言すれば、文大統領はこれまでの反日政策のツケを払わされているわけだ。日本ではそのことを「自業自得」という四字熟語で表現する。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月3日の記事に一部加筆。