国連専門機関の事務局長選の「裏話」

イタリアのローマに本部を置く国連食糧農業機関(FAO)ではジョゼ・グラジアノ・ダ・シルバ現事務局長(ブラジル出身)の2期目の任期が今年7月末に満期を迎えるため、次期事務局長の選出が進められている。事務局長選の投票は第41会期(6月22~29日)中に実施される。

▲食糧不足に直面するアフリカ諸国(2019年3月29日、FAO公式サイトから)

▲食糧不足に直面するアフリカ諸国(2019年3月29日、FAO公式サイトから)

国連広報によると、「FAOは、すべての人々が栄養ある安全な食べ物を手にいれ健康的な生活を送ることができる世界を目指している国連の専門機関の一つで、①飢餓、食料不安及び栄養失調の撲滅、②貧困の削減と全ての人々の経済・社会発展、③現在及び将来の世代の利益のための天然資源の持続的管理と利用、を主要な3つのゴールと定めている。現在、約3400人の職員がイタリアのローマ本部や130カ国以上の国や地域でこれらの目標の実現のために活動している。加盟国は194カ国」だ。

以下、FAOの内情に通じた「イタリアン・インサイダー」が今月3日、発信した事務局長選の「裏話」を紹介する。

次期事務局長選にはカメルーン、ジョージア、中国、フランス、インドの5カ国から候補者が出馬していたが、カメルーンの候補者がフランスや中国からの政治圧力もあって事務局長選レースから辞退したことを受け、4候補者に絞られてきた。ちなみに、カメルーンの候補者は候補を辞退する代わりに、FAO内で指導的な地位を得るという外交約束を得たという。同じことが、ジョージアの候補者にも当てはまる。いいオファーが来れば、その候補を辞退するだろうと受け取られている。

ローマからの情報によると、欧州連合(EU)の支持を得ているフランス人の元欧州食品安全機関(EFSA)の事務局長だったカテリーネ・ジャラン・ラネェール女史(55)と中国の屈冬玉農業次官(56)の2人が頭一つ先行している。

元EFSA事務局長で農耕学エンジニアのジャラン・ラネェール女史はEUの統一候補者として出馬し、FAO最初の女性事務局長を狙っているが、イタリアがここにきて中国人の屈冬玉農業次官を支援する動きを見せている。EUの結束が乱れた場合、同女史の苦戦が予想される。

ちなみに、前回の事務局長選ではルーマニアがEU統一候補者のスぺイン代表の支持を拒否し、ブラジルの現事務局長を支援。その代りに、FAO内で局長クラスのポストを得ている。

イタリア政府は中国との貿易強化に乗り出し,習近平国家主席がローマを訪問した際、同主席の構想、新マルコポーロ「一帯一路」の支持表明を明記した覚書に署名したばかりだ。財政難のイタリアとしては中国からの投資に期待する声が強い。

イタリアが先進7カ国(G7)で初めて「一帯一路」を支持したことを受け、中国は伊中間の経済関係強化に意欲を示している。そこでローマに拠点を置くFAOのトップに中国人事務局長を迎えれば、双方にとってプラスという思惑があるはずだ。

中国の場合、国連の通常予算の第2の分担金を拠出する国として、国連の専門機関のトップポジションには強い野心を持っている。中国にとって有利な点は、アジアの候補者インド代表が同国内の政治的闘争もあって積極的な支援を受けられない状況下にあることだ。「イタリアン・インサイダー」によると、「FAO内のインド人幹部が中国人の勝利の場合、自身のポストを確保したいために既に中国側と交渉している」という情報が流れている。これでは勝てない。

ところで、国連のトップポストの選挙ではその行方を左右するのは国連最大の分担金を拠出する米国だ。トランプ米政権とマクロン大統領の間ではイランの核合意問題や温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」でも明らかになったように、軋轢が少なくない。しかし、ワシントンはジョージア、インド、中国の事務局長は米国の利益に反するとしてフランスの候補者を支持する方向という。ベストではないが、ベターというわけだ。

参考までに、現事務局長は任期終了後、自身の政治の恩師(ブラジル元大統領、ルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァ氏)が腐敗問題で刑務所にいるブラジルに帰国するよりもローマに留まりたいという。そのためには、フランス人の事務局長より中国人かインド人の事務局長ほうが何かとアレンジしやすいという。換言すれば、取引できるというわけだ。

いずれにしても、「イタリアン・インサイダー」を読めば、国連専門機関のトップ・ポストが国家の利権、個人の利益保全が優先されて進められていくことがよく分かる。FAOのために弁明すれば、FAOだけが特殊だというのではない。

世界では飢餓が原因で一日4万から5万人が亡くなっている。そのうち7割以上が子供だ。FAO事務局のトップは大きな責任を担っている。「適材適所」という言葉を大切にしてほしい。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年4月5日の記事に一部加筆。