新紙幣を「政府の電子マネー」として発行したら…

池田 信夫

政府が2024年から新紙幣を発行すると発表したが、キャッシュレス化を進めているとき、時代錯誤な話だ。むしろ脱税の温床になっている1万円札は廃止すべきだ、というのがロゴフの提案である。そこで電子マネーの時代にふさわしい新通貨を考えてみた。

これは日本銀行の発行する紙幣ではなく、政府(財務省)の発行する電子マネーである。日銀が1882年に設立される前は、政府紙幣が発行されていた。今でも政府が紙幣を発行することは(立法すれば)可能である。2003年にもスティグリッツが提言したことがある。その論理は明快だ。

政府紙幣の発行により債務のファイナンスを行います。日銀と財務省の適切な政策についての私の観察では、たとえ政府紙幣の発行を始めたとしても印刷機のスピードをただ速めるようなことはしないと確信しています。政府紙幣の発行スピードは非常に緩やかなものとなるでしょう。

真の問題は、政府紙幣を増発しすぎるということではなく、むしろ政府紙幣の増発が不十分な量で終わるということです。したがって、不連続性については例証は存在せず、緩やかに増発すればハイパーインフレを引き起こすことはありません。経済理論によれば、適正なインフレ率が存在し、この水準となるように供給量を調節することができるのです。

これは2012年に安倍首相の主張した「輪転機ぐるぐる」と同じである。日銀に国債を買わせなくても、政府が1万円札を発行したら、1枚9980円もうかる。そんなことをしたらインフレになるが、そのときは政府紙幣の発行を止めればいい――という話だ。おもしろいのは、黒田東彦氏(当時の内閣官房参与)がこうコメントしていることだ。

マネタイゼーションとは、基本的に政府の債務の額を変えるものではありませんが、ネットデットサービスコストは下げます。つまり、日本銀行が保有する国債は金利を政府から日本銀行に払うわけですが、日本銀行の利益がその分増えますので、その分は基本的に例えば国に法人税や納付金という形で回帰してくるとすれば、その部分は確かにネットデットサービスコストは下がる訳です。

これは非常に大きな議論を呼ぶ点であると思いますし、私自身は、そこまで行く前に日本銀行がもっと大量に国債を購入することによってマネタイズすれば、同じデットサービスコストの節減もできるし、その方がずっとリアリスティックだと思います。

黒田氏は明確にマネタイゼーション(財政ファイナンス)を主張している。今はそれを否定しているが、彼の「量的・質的緩和」の真意が財政ファイナンスにあったことは明らかであり、それは理論的には必ずしも間違っていない。

ところが実際には、多くの人の恐れたハイパーインフレは起こらなかったが、黒田氏のねらった「適正なインフレ」も起こらなかった。その原因はスティグリッツのいうように、日銀の財政ファイナンスが「不十分な量」だったからかもしれない。

だとすれば、日銀の代わりに安倍首相が「電子マネーぐるぐる」で政府通貨を発行すればいい。いちばんコストが安いのは「1兆円札」を発行して、日銀に引き受けさせることだ。日銀に命じて日銀の政府口座に「¥1,000,000,000,000」と書かせるだけで、瞬時に1兆円の財源ができる。

そうすると何が起こるだろうか。記者会見で安倍首相が「政府紙幣を1兆円発行した」と発表した瞬間に国債が暴落する可能性があるが、日銀が毎年80兆円マネタイズすると公言しても何も起こらなかったのだから、1兆円ぐらいでは何も起こらないだろう。

ではこれを2兆円、3兆円…と増やすと、どうなるだろうか。どこかで人々が「インフレになる」と予想してインフレが起こるが、そのとき(たとえばインフレ率2%で)政府紙幣の発行を止めればいい、というのがスティグリッツの理論である。

しかし「緩やかに増発すればハイパーインフレを引き起こすことはない」という根拠は不明だ。彼は「政府紙幣の発行を始めたとしても印刷機のスピードをただ速めるようなことはしないと確信しています」というが、印刷機のスピードを速めなくても、投資家がインフレを予想すると金利が上がり、名目政府債務が増えてインフレスパイラルになる。

最近のブランシャールの理論はこれに近いが、彼が条件をつけているのは「金利<成長率」の場合には財政赤字を拡大しても大丈夫ということだ。この不等式が逆転すると、政府債務は雪ダルマ式に膨張する。スティグリッツも「インフレ経済では政府紙幣は危険だ」と条件をつけている。

したがって問題は「金利<成長率」の状態がいつまで続くのか、ということに尽きる。それが一時的な現象であれば政府紙幣は危険なギャンブルだが、それが今後もずっと続くなら、成長率を持続的に引き上げるフリーランチになる。どっちが正しいのかは、まだわからない。