昨年大統領選に立候補し、「ブラジルのトランプ」の異名をとったジャイル・ボルソナロはブラジルに派遣されているキューバ人医師が報酬の25%しか受け取れず、75%はキューバ政府の歳入になっていることを批判。それはあたかもキューバの独裁者の奴隷のようなものだと指摘。彼が大統領になった暁には、キューバ人医師がブラジルの医師試験をパスすれば同国で医師として働くことができて、しかも報酬はすべて医師に支払われると公約していた。キューバ人医師はブラジルで760ドル(84000円)を稼いでいた。キューバに戻れば僅か60ドル(6600円)だ。
ボルソナロのキューバの政治体制と医師派遣制度を痛烈に批判した姿勢を前に、キューバ政府は自国のプライドを傷つけられたと感じて、即刻ブラジルから医師団の撤退を決定。ボルソナロが大統領に就任する今年1月1日までにブラジルで医療活動をしている全ての医師に対しキューバに引き揚げることを指示。その為にキューバ政府は帰国させる為の飛行機も手配した。
キューバ人医師の間では、ボルソナロが公約していた報酬の全額を稼ぐことが出来るということと、更に自由のないキューバに戻るよりもブラジルに残った方が生活の向上も図ることができると考えて、ブラジルに在住していた8332人のキューバ人医師の内の凡そ2500人がキューバ政府の指示を無視してブラジルに留まることを決定したのである。その一部の医師は家族も呼び寄せた。(参照:efe.com)
ところが、3か月が経過した現在、ボルソナロが公約したことは全く守られておらず、残留したキューバ人医師の大半が職場を失い収入がなく生活に困っているという状態に陥っているのである。(参照:elnuevoherald.com)
キューバ人医師が抜けたこともあって、ブラジル政府は新たに8517人の医師を募った。ところが、採用されたのはブラジル人医師だけであったという。まだ、過疎地の800のポストが埋まっていないが、キューバ人医師がそれに応募しようとしても、医者の資格などを証明する書類をキューバから取り寄せねばならないことになっている。キューバを脱出した彼らがそれをキューバの関係当局に申請してもそれを手に入れることは困難である。
当初、ボルソナロはブラジルの医師の試験をパスするだけで医療活動をすることが出来ると言っていたのだ。キューバから医師の資格証明書などを取り寄せる必要性などには全く触れなかった。
しかも、2017年8月からブラジルで医師として活動していたスリサダイ・フェルナンデス(31)の説明によると、今では医師の募集に応募できる権利もなくなってしまい、避難民として連邦警察に申請することを求められるまでになっているというのである。そこで労働許可書を発行してもらうわけである。(参照:bbc.com)
しかし、労働許可書をもらっても役に立たないと彼女は指摘している。彼女らがキューバから派遣された医師でドクターであると分かった時点で下賤な労働に就いてもらいたくないとして彼女らに仕事を提供することを避けるのだという。ブラジルでキューバ人医師はドクターとして社会の中で高く評価されていたのである。ドクターというタイトルが逆に仇となって医療以外の職場が閉ざされてしまったというわけである。
キューバ政府の機関紙『Granma』は2月9日付けで、
「ブラジルで医療活動をしていた8332人の医師の大半が帰国した。(ボルソナロに侮辱されたキューバ医師派遣制度を守り帰国した)キューバ人医師の品格ある振る舞いは世界の賞賛を集め、キューバ革命の国際性が現在も有効であることにあらためて衆目を集めた」
「しかし、ブラジルに残留したキューバ人医師の運命はどうなった?」
と問いかけて、スペインEFE通信からの記事を引き合いに出して、彼らが医療活動が出来なくなったことを伝えた。そして、
「一部は在留できる為と労働許可を得る為に避難民となっている」
とも報じた。(出典:granma.cu)
現在、仕事の見つからないキューバ人医師の多くが目標としているのは米国に移民することであるという。米国では2006年からキューバ人の医師を受け入れる制度があった。CMPPという制度である。キューバ以外の外国で医療活動をしているキューバ人医師を受けいれていた。ところが、オバマ前大統領がキューバと国交正常化を達成したことによってこの制度は2017年1月に廃止された。
しかし、現在ブラジルで2500人以上のキューバ人医師が医療活動が出来ない状態になっていることを彼らが米国の共和党マルコ・ルビオと民主党ボブ・メネンデスの二人の上院議員に請願書を送り、CMPP制度の再開を要求している。
しかも、彼らはキューバから脱出したということで8年間はキューバに帰国できないことになっている。それまで生活手段を見つけねばならないのである。