アサンジ氏逮捕の背景に囁かれる「イナ文書」とは何か

白石 和幸

4月11日、ロンドンのエクアドル大使館で身柄を保護されていたウィキリークスの創設者ジュリアン・アサンジ氏が、英国警察に逮捕された。エクアドルが彼の亡命受け入れ保護を取り下げたからであった。

モレノ大統領とアサンジ氏(Wikipedia:編集部)

エクアドルのレニン・モレノ大統領はアサンジ氏の外交保護を取り下げた理由を次のように国民に向かってテレビで述べた。

エクアドルは寛大な国で、また我が国は国際法の基本原則を尊重する政府のもとにある。同法の中には亡命の申請制度もあり、それを受理する又は却下するというのはエクアドル国家の主権に委ねるものである。

エクアドルに背くこれまでのアサンジ氏の不敬で攻撃的な振る舞いや、彼の組織による無礼で脅迫的な宣言を前に、特に、国際協定に照らした違反は、アサンジ氏の保護をこれ以上維持することができない立場に追い込んでしまったことを本日発表する。

合意に至っていた外交儀礼をアサンジ氏が繰り返し犯して来たことをモレノ大統領は強調。「我が家(大使館)で彼を受け入れたのであるが、客に対して我々は最低限のことを要求したまでだった」と述べた上で、「彼は他国の内部事情に干渉しないという基本を犯していた」「最近では、1月にもバチカン文書をリークした」などと主張した。

また大使館の電子機器の作動を困難にさせ、館内の安全監視カメラを無効化させ、警備員には無礼を振る舞っていた。大使館の安全書類にもアクセスして、その間インターネットのコネクションを不通にさせて、その一方では自らは携帯電話で外部とコネクトしてたということで、もうエクアドル国家の忍耐も尽きてしまった」とテレビを通して3分間今回の決断に至った背景を説明したのであった。(参照:clarin.com

モレノ大統領を憤慨させる場面はこれまでも幾たびかあった。彼はアサンジ氏のことを「靴の中の小石のようなものだ」と言ったこともある。歩行するたびに彼の存在が邪魔で迷惑となっていたことを譬えて表現したのであった。(参照:ambito.com

モレノ大統領は今まで我慢して来たのが、なぜここに来て彼の保護を止める決心をしたのか。その一番の要因とされているのがエクアドル国内では「イナ文書(INA Papers)」のせいだと言われている。

イナ文書とはモレノ大統領とその家族そして彼の弟エルウィン・モレノらがパナマに開設したオフショア企業INA Investment Corp.の口座を利用してスペインのアリカンテに高級住宅を購入したり、高級車や高級品を買い求めていたということがウィキリークスによって明らかにされたのである。

それが発端となって2月にエクアドルのジャーナリストフェルナンド・ビリャビセニオがデジタル紙『La Fuente』でその詳細を報道。また、ロニー・アレアガ議員も議会でそれを告発した後の3月30日にはルス・パラシオス検事総長がその調査に乗り出すことを決めたのであった。

即ち、アサンジ氏の今回の保護の廃止は、ウィキリークスがモレノ大統領が関係しているオフショア企業の存在を暴露したことに対するモレノのアサンジへの報復となったのではないかとエクアドルでは憶測されている。
(参照:periodismodeinvestigacion.comnotimerica.comelciudadano.cl

前述した『La Fuente』によると、例えば、中国のSinclair(中国水电)とモレノ大統領の弟エルウィン・モレノと他3名が癒着した関係にあり、Sinclairがコカ・コドの水力発電所を建設した際に1800万ドル(19億8000万円)がオフショア企業Recorsaに裏金として支払われたというのである。Recorsaはエクアドルの企業家コント・マルティネスが関係している企業で、彼はそれをパナマにある10社以上のオフショア企業に送金。その中にINA Investment Corp.も含まれたいたというのである。

INA Investment Corp. はモレノ大統領の弟が2012年にカリブ海のベリーズにレニン・モレノの娘3人(イリナ、クリスチーナ、カリナ)を称えて株主にしたオフショア企業である。エルウィン・モレノは2013年にこの企業から手を引いたとされているが、『La Fuente』の調査によって、エルウィンは自分の名前を隠すためにパティーニョ・エルドイサを彼に代わって株主にしただけのことであるというのが判明している。

その後、エルウィンはパナマでもバルボア銀行に同企業の口座100-1071378を開設したのである。勿論、モレノ大統領はINA Investment Corp.が存在していたことは知らなかったと弁明している。(参照:notimerica.com

このスキャンダルをモレノ大統領を批判できる絶好の機会だと読んでいるのがラファエル・コレア前大統領である。彼はモレノ大統領によって汚職が摘発されて起訴されているが、公判を避けるために現在ベルギーに亡命している。コレアは議会で彼を支持するコレア派の議員を煽ってレニン・モレノを「裏切者だ」と言って失脚させる企みを練っているようである。(参照:clarin.com

しかし、アサンジ氏の亡命を受け入れたコレア前大統領が政権を担っていた治世(2007-2017)では、彼が犯した汚職額は247億4200万ドル(2兆7200億円)にも上ると推定されている。皮肉にも、モレノは2007-2013年までコレア政権の副大統領であった。(参照:elcomercio.pe

モレノ大統領は自分の娘3人を巻き込んでまで不正を図るようなことは絶対にしないと言って、このスキャンダルに関係していることを否定している。これからIna Papersについて更に詳しく調査が進められて行くはずである。