土曜日の朝、あるエージェントから電話がかかってきました。「お宅の会社で〇〇製薬株式会社の株式をお持ちですね。その会社でプロキシーファイトをしているのはご存知ですか?」と切り出します。プロキシーファイトとは株主提案をするための多数派工作です。この会社のエージェントから金色のプロキシーファイトの投票用紙と言い分を記した立派な冊子が届いており、さらっと目を通していたので話の内容はある程度知っています。ちなみに現在の経営陣からは青色の投票用紙が届いており、どれだけ自分たちは正しい運営をしてきたか、これまた冊子にしっかり記されています。
「私はどう考えてもプロキシーファイトに影響力があるような大株主ではありませんよ」と切り返すと「会社の業績と経営体制が悪く、多くの機関投資家がすでに株を売却したこともあり、お宅のような個別投資家(Retail Investor)にもお願いしなくてはいけないのです」と。北米は株主の権利行使はインターネットでできますのでこのエージェントには「大丈夫、私は経営陣交代が正しいと思うからそちらに投票しますよ」と言って電話を切りました。先方は一応、私を口説き、何が問題なのかを説明したこともあり15分ぐらい話していたでしょう。ちなみに持ち株比率は0.01%です。
プロキシーファイトの電話がかかってきたのは多分初めてですが、株主提案は年中見かけ、半数以上のケースで株主提案が通ることが多かったと思います。この会社の場合は売り上げが70億円ぐらいしかないのに現金が700億円ぐらいあり、それに対して経営陣が新規の投資は「今は適切な時期ではない」と言い続け、かつ配当もしない状態が続いているのです。物言う株主がここに目をつけ、経営陣の総入れ替えを求めているのです。
株主の監視体制はどこの国でもより厳しさを増しています。極めて詳細な会社経営の状況や経営者と会社の関係を含めたディスクロージャーは誰でも物言う株主になれるとも言えます。
日本ではLIXIL社の動きが注目されています。最近では社内の上級執行役員14名のうち10名の連名で潮田洋一郎氏は経営者としてふさわしくないという反逆の手紙を経営トップを決める指名委員会に送ったと報じられていました。この場合は株主からの声が社内の重要ポストの人たちにも共鳴したということでしょう。会社のガバナンスと経営者としての能力発揮は「ゴッドハンド(神の手)」の水準を要求されるのかもしれません。
会社がまだ成長路線にある場合は株主はやや甘めに見てくれます。「この会社の高度はどこまで上がるのだろう」と将来に期待を寄せるからで多少の経営の凸凹は許されがちですし、配当がなくても文句は言われません。しかし、会社が安定期に入り、成長スピードが落ちてくると5年後10年後のビジョンを追及されるようになります。じっくり安定成長を目指す企業の場合は株主に応分の配当を出さないといけないでしょう。いわゆる利益に対する配当性向が5割以上といった形も当たり前になります。(成長のために稼ぎを使えないなら株主に還元しろという理屈は当然です。)
日産のゴーン氏のケースはどうでしょうか?個人的には日産、ルノー共に株主訴訟を通じてゴーン氏は丸裸にされると思います。本格的な株主訴訟は秋にも始まるであろう公判を通じた判決が一つのきっかけになると思いますがどうせ、上告するでしょうから5年ぐらいかかるかもしれません。彼の場合には公私混同が明白になっていますので弁護士がどれだけ切れ腕でも相当の防戦になろうかと思います。
IPO(上場)を目指すという野望を持つ若い経営者は今でも多いでしょう。資本を通じて成長したいという夢です。しかし、ビジョンが十分あり、経営のかじ取りができる自信がなければ上場会社が必ずしも魅力的かどうかは思案すべきでしょう。確かに資金調達のめどは立ちますが、常に経営を監視され、通信簿を突き付けられることで事業まい進というより株主対策に追われている会社も多いものです。
上場会社は星の数ほどありますが、その運営はこの2-30年ではるかに難しくなったと言わざるを得ません。崇高な経営者がどれだけいるのか、逆に株主の逆鱗に触れたくないあまり、経営の器が小さくなってしまった会社もこれまた数え切れずという気がします。会社経営、本当に難しいです。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年5月15日の記事より転載させていただきました。