3月29日、トランプ大統領とコロンビアのドゥケ大統領が会談した際に前者は後者に「米国の為に何もしてくれていない」と言ってコロンビアがコカの生産に歯止めをかけていないことにトランプは不満を表明した。ドゥケが昨年8月に大統領に就任してから、「コカインの米国内でのビジネスは50%増大している」とトランプは指摘したのである。長年、コロンビアは南米の中で米国が最も信頼を寄せている国であるが、ここに来て両国の間に亀裂が生じたようである。(参照:elcolombiano.com)
トランプが麻薬に敏感になっているのは、米国で麻薬の消費が年々増加しているということ。麻薬の過剰摂取による米国の死亡者は2016年では推定63,632人となり、OECDに加盟国の中で最も高い死亡率となっている。(参照:cnnespanol.cnn.com)
コロンビアでコカの生産が増加したのには理由がある。サントス前大統領がコロンビア革命軍(FARC)との和平交渉を成立させるためにFARCの重要な収入源となっていたコカを栽培している貧困農家にもこの和平交渉を支持してもらうために、交渉期間中はFARCからの要望でコカの栽培を厳しく取り締まることを政府は中断させていたのである。その一方で政府はコカの栽培を放棄する農家には補助金を出すといって彼らが自主的にコカの栽培を放棄する選択肢を与えていた。
ところが、いざ和平交渉が成立した段になってみると、コカの生産は逆に増大していたのである。コカに代わって農家に満足行く収入源をもたらす栽培作物がないからである。また、補助金をもらった農家でも裏ではコカの栽培を続けていたことも明らかになっている。
このような事情から2010年にサントス大統領が就任した時のコカの作付面積は5万ヘクタールであったのが、彼が任期満了で退任して昨年8月ドゥケが大統領に就任した時点ではコカの作付面積は20万9000ヘクタールまで増大していたのであった。(参照:elmundo.es)
コロンビアでのコカの生産量の増大がそれに比例して米国市場でコカインが増加している背景には、ベネズエラの存在が大きく影響している。ベネズエラが、コロンビアと米国を繋ぐコントロールのないハイウエーのような役目を担っているからである。しかも、現在のベネズエラは経済的にも困窮して食料や医療不足は深刻で400万人の国民が既に国外に脱出している。政治的にはマドゥロ大統領とグアイドー暫定大統領の二つの政権が争っている。その混迷とした状態がコロンビアから米国へのコカインの密輸を容易にしているのである。
しかも、コカイン密輸の首領はマドゥロ政権を支えている国民議会元議長のディオスダド・カベリョやマドゥロの腹心で副大統領のタレク・エル・アサミから始まって、国家警備隊の将軍ら幹部がグルになって密輸を容易にしているのである。その核になっているのは凡そ30名からなる閣僚や軍部の将軍らである。マドゥロの夫人セリア・フローレスもそのひとりである。しかも、現在のマドゥロ政権には資金が不足している。コカインの密売は彼らの必要な資金源となっているのである。
(参照:cnnespanol.cnn.com:eldiariodehoy.com)
米国のある高官によると、2017年と比較して2018年はコカインの密輸量が50%増加して、コロンビアからベネズエラに240トンのコカインが持ち込まれたという。それは国連の薬物事務所によると390億ドル(4兆2900億円)の売上に相当する量だという。
それを輸送する飛行機も2017年は1週間に1便であったのが、2018年には一日に1便のペースに増便。今年に入ると一日に最高6便が同時に飛行を開始しているというのである。密輸量が急激に増加しているのは、マドゥロ政権が資金を必要としている現れであると見られている。(参照:cnnespanol.cnn.com)
コカインはベネズエラの北西部に位置するマラカイボを首府にするスリア州まで空輸、そのあともホンジュラスまで空輸して、そこからメキシコまで陸送。スリア州では50の仮設の滑走路があるという。コカインの売買の額が如何に高額であるかというのを示すかのように輸送に使う多くの飛行機は一度だけ使ってその後は持ち主が分からないようにして広大な場所に放棄したり、そこを流れる川の中に沈めて存在が分からないようにしている。川の中に沈めるとそれを唯一確認できるのはヘリコプターなどで上空から見る時だけである。
米国の高官が懸念しているのは、中米3か国(ホンジュラス、エルサルバドル、グアテマラ)から米国に入国しようとして集団で移民キャラバンを編成して米国に入国しようとする動きが活発になっているのを前にして、トランプ大統領がこの3か国政府に対してコントロールが足りないとして支援金の中断を決定したことだという。その為、資金欲しさにベネズエラからのコカの密輸の中継地として中米が今後更に発展する可能性があると見ているからである。
ベネズエラがコロンビアのコカインの中継地として芽生えたのはウーゴ・チャベスがまだ政権に就く前の1993年からだという。コロンビアの当時の麻薬カルテルは米国に密輸させるのにベネズエラの国家警備隊の二人の将軍に賄賂を使って警備隊のコントロールを緩慢にさせる為の協力を仰いだのである。(参照:es.insightcrime.org)
その後、コロンビアのカルテルはベネズエラの国家警備隊がそれまでコカインの密輸のコントロールを緩慢にする役目から警備隊自身がコカインの密輸に加わるように求めた。それがベネズエラの国家警備隊の中で編成されたカルテル・デ・ロス・ソレス(Cartel de los Soles)である。また、FARCとコロンビアのもうひとつのゲリラ組織民族解放軍(ELN)も国家警備隊と陰で協力しあうようになっていた。
国家警備隊がコカインの密輸で儲けているのを見たベネズエラの他の軍部もコカインのビジネスに参入するのである。即ち、ベネズエラの軍部全体が麻薬カルテルに変身したというわけである。
2011年から2012年にかけて麻薬の撲滅を求めて国際的な圧力が影響して、コロンビアのカルテルの首領らがベネズエラで逮捕されるような事態も発生。またベネズエラ人でコカインの密売で幅を利かせていたワリッド・マクレッドもついに捕まって、ベネズエラのコカインのコントロールは軍部のカルテル・デ・ロス・ソレスの手中に完全に収まるのである。
ワリッド・マクレッドのコカの密売の全盛期の頃は「40人あまりの将軍に手数料を支払っていた」とあるメディアのインタビューで彼は答えたことがあるという。その将軍のひとりでウーゴ・カルバハルはつい先日マドリードで逮捕されたが、彼はベネズエラ軍の諜報機関の部長を務めたこともある人物で、マクレッドは彼に毎週5万ドル(550万円)の手数料を支払っていたことや、ベネズエラの都市アプレまで毎日6便の飛行機を飛ばしていたことも明らかにした。そこから中米ホンジュラスに空輸していたのである。
(参照:es.insightcrime.org)
そして今、コロンビアからベネズエラを経由して中米までのコカインの密輸はカルテル・デ・ロス・ソレスが担っている。この動きはすべてマドゥロ政権を構成している閣僚や軍部が指揮しているというわけである。だからそれを阻止しようとするコントロールは存在しない。車がハイウエーを高速で走行するようなものである。
白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家