私が今年、第三者委員会委員長を務めました日住サービス社の代表取締役の方が、日経ビジネス最新号(5月20日号)「敗軍の将、兵を語る」に登場し「多重不祥事で覚悟の出直し」を語っておられます。委員会が指摘した「不正の根本原因」に真正面から向き合い、再発防止策をひとつひとつ実行しておられる姿を拝見し、とてもうれしく思いました。独立系の住宅関連サービス業界の経営環境は、まだまだ厳しいようですが、ぜひとも競争力を回復されることを祈念しております。
さて、本日はすでにいろいろなメディアでも話題となっておりますMTG社の「不適切会計の疑義判明」に関する件です。5月13日の同社リリースによりますと、会計監査人による四半期レビューの「審査の過程で」会計監査人から疑義を出され、再度の調査の過程で会計処理に問題が見つかった、とのこと。東洋経済ニュースによりますと、5月10日の決算短信の時点では、同社の担当役員が「問題ありません」と述べておられたそうなので、(決算短信には会計監査人の結論表明は不要ですが、通常は四半期レビューの結論表明を確認しているでしょうから)同社経営陣に大きな衝撃が走ったことは想像に難くありません。
いつもMTG社の経理部門と顔を合わせている監査法人の現場担当社員の方々は、「まあ、この程度であれば問題ないだろう」ということで会社側の会計処理(もしくは会計処理の変更手続き)を追認してしまうことも多いと思います。しかし、監査における不正リスク対応基準の策定後、東芝事件を契機として、さらなる監査の品質の向上が強く要請されるようになりました。大手の監査法人は、監査法人版ガバナンス・コードの遵守を宣言しており、監査法人全体の品質だけでなく、個々の担当社員の監査品質についても目を光らせるようになりました。
しかし、大手の監査法人のパートナーの方々が法人内で業績評価を受けるには、自身がどれだけ多くの監査法人を担当し、売り上げに貢献しているか・・・といった点も重要だと思います。そこで、現場の担当者は「まあ、今年はOKだけど、来年への宿題は残っていますよ」といった感覚でレビュー手続きを進めてしまうのではないでしょうか。しかし、上記のとおり大手監査法人の「監査の品質」への意識が向上していることもあり、現場と審査部門との「職業的懐疑心に基づくレビュー」の認識に食い違いが発生することも当然にあるものと推察されます。
MTG社の場合、収益認識時期に関する解釈が問題となるようなので、監査法人の現場責任者の方々は会社側の解釈に押されてしまう、ということも普通にありうるのではないでしょうか。
たとえば会計不正の疑義が生じた場合、社内調査委員会で対応すべきか、第三者委員会で対応すべきか・・・といった判断にも、現場と審査部門で認識の差が生じるケースがあります。今回は、MTG社の不適切会計疑惑事例の中で露呈しましたが、今後はどの上場会社においても(表現はやや不適切ですが)「監査の品質」リスクが顕在化する可能性は高いものと考えております。
もちろん、監査法人内のコミュニケーションが円滑であれば大事には至らないと思いますが、「こんなことになるんだったら、中堅の監査法人に会計監査人を交代してもらおうかな」と考える上場会社も出てくるかもしれません。ということで、今回のMTG社の事例については、第三者委員会の報告結果に基づき、会社側がどのような対応をとるのか、とても興味深いところです。
山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録 42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年5月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。