野村HDの不適切情報提供事件は他人事ではないと思う

本件はFACTA報道(4月号の記事)の時点から気になっておりましたが、事件当事者の方を(某委員会の同じメンバーとして)存じ上げている関係上、ブログネタにすることは控えておりました。ただ、5月24日に野村HDより調査報告書(要旨)が公表されましたので、FACTA4月号の記事と調査報告書を読み比べた感想を「組織論」として書かせていただきます。

野村HDサイトより:編集部

メディアでは、2012年の(一連の)公募インサイダー事件以来の野村證券グループの失態と報じられ、今朝の日経社説でも「野村の風土は2012年当時と変わっていない」と批判されております。たしかに野村の関係者に「法令違反」は認められないかもしれませんが、市場の競争を大きく歪める不適切な情報提供であり、大いに反省すべき事件です。ただ、調査報告書を読んでおりまして、「これは他社でもあり得る話ではないか」と、私は思わずゾッとしました。

NRI研究員の方が、野村證券におけるセミナー資料を、野村のストラテジストの方へ送付したわけですが、当該資料送付の際に、メールで「(セミナー資料の一部を変更する理由は)どうも東証の方針がこんな感じになるように思われるからです」と伝えたそうです。このメールを受け取ったストラテジストの方が機関投資家向けに5000件のメールを配信した経緯は報告書記載のとおりです(FACTAの最新号はもっとえげつない感じで書かれていましたが)。この段階ではストラテジストの方は情報源はメールには記載せず、「あくまでも私の主観的な意見、印象です」といったイメージでメールを配信されたものと思います。

ところがこのストラテジストの方が配信したメールに飛びついたのがグループの営業社員で、メール受領後に情報源を問い合わせ、ストラテジストの方から情報源を確認したうえで、FACTA4月号に掲載されている情報源実名入りの営業メールを顧客に送ってしまった、とのこと(このメールがメディアに伝わってしまった・・・ということだと推測します)。

おそらくストラテジストの方が「こんなメールを機関投資家に送ってもよいか?」とひとことNRI研究員の方に確認していれば、まちがいなく今回のことは起きていなかったと思います(NRI研究員の方は「それは絶対マズイ!」と拒否していたでしょう)。しかし、グループの業績が芳しくない中で、社員の皆様が前のめりになっていますので(笑)「セミナー資料の一部ということは、公表してもかまわない、ということだ」「私に説明している以上、公表してもかまわない、ということだ」と自分に都合の良いように情報を受けとめたと思います。これは他社の不祥事の「情報共有の根詰まり」としてよく起きるところです。

さらにストラテジストの方の配信メールを読んだ営業社員も「前のめり」ですから、顧客にできるだけ有力情報を流したい、自分が野村グループの中で中心にいることを示したい、今以上に顧客との信頼関係を築きたい、といった欲望が湧いてきて「主観的な判断」などといったことはメールに記載せず、ストラテジストの方から情報源の秘匿を要求されていない以上は「確かな情報であることを示すためには不可欠」として、なにも考えずに情報源となる実名を書いてしまった、ということだと推測いたします。

ちなみに、ひとりの営業社員は「こんなメールを顧客に送ろうかと思いますが、だいじょうぶですか?」と上記ストラテジストの方に送ったのですが、同人からは「判断できない」と回答があったため、そのままメールを送ってしまった、とのこと。

いま、こうやってブログを書いたり、お読みになったりしている瞬間は、頭が冷静ですから「そらアカンやろ!!」と即断できるわけですが、ノルマ達成に忙しかったり、顧客や同僚からの借りを返すことに必死だったりしていれば、バイアスがかかった状況で情報の伝達が行われることが多いはずです。第三者委員会の社員アンケートでは、多くの社員が「そらアカンやろ!!」との回答が返ってきたそうですが、それはアンケートに回答するときは頭が冷静な状況ですから、あまり参考にはならないと思います。

むしろ「そらアカンやろ!!」と思っているにもかかわらず、なぜやってしまうのか?という点こそ深堀りしなければならないはずです。

たとえば重要な情報が5人の社員の間で伝達された場合、ひとりひとりが尾ひれ、背びれを付けて伝達しても「虚偽」にはならないかもしれません。しかし最初のひとりの情報と5人目が受けた情報とを比較すれば、最初のひとりは「それは虚偽だ、おれはそんなこと言ってない」となります。これは会計不正でも品質偽装でも、不正競争防止法違反でも普通に起きる「組織の構造的欠陥」です。

みなさん、注目されたい、自分の価値を高めたい、人との信頼関係を高めたい、という気持ちがあるから尾ひれ、背ひれはつけるのが当然です。これは本当に恐ろしい。せめて頭が冷静でいられない時でも「まてまて。これって文春に送られない?FACTAやZAITENが飛びつかない?」と(ジョークでもいいから)語り合えるコミュニケーションが不可欠かと。。。

山口 利昭 山口利昭法律事務所代表弁護士
大阪大学法学部卒業。大阪弁護士会所属(1990年登録  42期)。IPO支援、内部統制システム構築支援、企業会計関連、コンプライアンス体制整備、不正検査業務、独立第三者委員会委員、社外取締役、社外監査役、内部通報制度における外部窓口業務など数々の企業法務を手がける。ニッセンホールディングス、大東建託株式会社、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の社外監査役を歴任。大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)社外監査役(2018年4月~)。事務所HP


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2019年5月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。