オーストリア国民議会(下院、定数183)で27日午後(現地時間)、クルツ暫定政権への不信任案が賛成多数で可決された。内閣不信任案が可決されたのは同国議会では戦後初めて。不信任案は最大野党、社会民主党が提出し、クルツ政権の連立パートナーだった極右自由党と野党「イエッツト」が支持したことで、可決された。
中道右派「国民党」(党首・クルツ首相)と極右自由党(党首シュトラーヒェ副首相)から成るクルツ連立政権は2017年12月発足したが、シュトラーヒェ副首相の“イビザ島スキャンダル”が今月17日に発覚し、同氏は翌日(18日)、副首相と党首を辞任。その直後、クルツ首相は、自由党との連立を解消して、9月に早期総選挙の実施を表明、それまで自由党が占めていた閣僚ポストを専門家に委ねる暫定政権を発足させたばかりだ。暫定政権は1週間余りの超短命政権となった。
暫定政権が倒れたことで、バン・デア・ベレン大統領が9月の選挙まで新たな暫定首相を任命し、暫定政権を発足させることになる。暫定政権の首相には、①オーストリアの国籍保有者、②18歳以上、③6カ月前まで刑務所に拘留されていなかった者、の3つの条件に該当する国民ならば首相に就任する資格があるという。現地のメディアによれば、政権不在の空白を長引かさないために、ここ数日内にバン・デア・ベレン大統領は暫定首相を任命し、暫定政権の組閣を要請することになるという。28日の欧州連合(EU)首脳会談にはレ―ガ―財務相をブリュッセルに派遣する。
クルツ政権崩壊の契機となったイビザ島事件とは、自由党党首のシュトラーヒェ副首相が2017年7月、イビザ島で自称「ロシア新興財閥(オリガルヒ)の姪」という女性と会合し、そこで党献金と引き換えに公共事業の受注を与えると約束する一方、オーストリア最大日刊紙クローネンの買収を持ち掛け、国内世論の操作を唆すなど「ウォッカの影響」もあって暴言を連発。その現場を撮影したビデオを独週刊誌シュピーゲルと南ドイツ新聞が17日午後6時、報じたことから、オーストリア政界に激震が走ったわけだ(「政治の世界は一寸先は闇だ」2019年5月23日参考)。
社民党のレンディワーグナー党首は、「クルツ首相は過去2年間で2度、政権を潰してきた。オーストリアの政変の責任はクルツ首相にある」と主張、クルツ首相への不信任案を考えていたが、自由党との協議でクルツ暫定政権への不信任案を提出することになった経緯がある。
一方、連立政権から離脱した自由党のキックル前内相は、「イビザ島の不祥事の責任を取って副首相である党首が辞任したにもかかわらず、クルツ首相は連立政権を崩壊させ、政権を完全に自分の意向で運営するために画策してきた」と批判し、「2年前に撮影されたビデオがなぜここにきてメディアに流れたのか、誰がビデオ撮影を指示し、誰が費用を支払ったかの全容を解明する」と主張している。
複数のメディア情報によると、ウィーンの弁護士事務所が事件に関与。同事務所がドイツのミュンヘンの探偵事務所にイビザ島でのビデオ撮影やおとりのロシア人女性(実際はラトビア人女性)を手配したという。おとり工作には国民党の牙城、ニーダーエステライヒ州国民党関係者とオーストリアの情報機関「連邦憲法擁護・テロ対策局」(BVT)が関与していた疑いが濃厚という。狙いは、極右党の自由党をスキャンダルでクルツ政権から追放することにあったという。ウィーンの弁護士はミュンヘンの探偵事務所に話を持ち込んだことまでは認めているが、誰がおとり工作を依頼し、資金を出したかは明らかにしていない。
国民的人気の高い32歳のクルツ氏は9月の総選挙で国民党を第1党にし、政権にカムバックする可能性は高いが、イビザ島事件の解明プロセスで国民党関係者の関与が明らかになれば、クルツ党首も無傷では済まなくなる。ちなみに、26日に実施された欧州議会選ではクルツ国民党は同党史上最高の得票率(約35・4%)を得て、第1党となったばかりだ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年5月29日の記事に一部加筆。