安倍首相のイラン訪問に期待

国際原子力機関(IAEA)の定例理事会が今月10日から5日間の日程で本部のあるウィーンで開催される。夏季休暇前、最後の定例理事会(理事国35カ国)の主要議題は北朝鮮の核関連検証問題とイランの核合意後の状況だ。特に、イランの核合意をめぐり米国とイラン間で緊張が高まってきている。

▲米国のイラン核合意離脱後の対応を協議する5カ国代表(欧州委員会公式サイトから、2018年5月15日)

イランのロウハニ大統領は先月8日、2015年に締結した核合意が遵守されていないとして、核合意の一部停止、ウラン濃縮関連活動の再開を表明した。トランプ米政権は同日、イランに対し追加制裁の実施を警告したことから、米国とイラン間だけではなく、イスラエル、サウジアラビアなどを加えた中東地域で武力衝突の危険性が再び高まってきた。

トランプ大統領は昨年5月、「イラン核合意は不十分であり、イランの核開発を阻止できない上、テヘランは国際テロを支援している」として、核合意から離脱を宣言、同時に対イラン制裁を再開した。そして核合意離脱宣言1年目の今年5月、空母とB52爆撃機をイラン周辺に配置し、1500人の兵士を追加派遣したばかりだ。一方、イラン原子力庁当局報道官は5月20日、2015年7月に締結した核合意内容の一部停止を表明し、ナタンツの低濃縮ウラン(最大濃縮度3・67%まで)の生産能力を4倍にすると明らかにしている。

世界最大の軍事大国・米国と地域大国・イランとの軍事衝突は中東全域に大きな影響を与えることは必至だ。幸い、ここにきて米イラン間の軍事衝突という最悪のシナリオを回避する動きがみられる。

①日本の安倍晋三首相が今月中旬(12日から14日)、イランを訪問し、ロウハ二大統領ばかりか同国最高指導者ハメネイ師と会談する方向で検討中というニュースが流れてきた。実現できれば、日本首相がイランの核合意問題に直接かかわる最初の機会だ。イランは日本の主要石油輸入国の一つだった。イランを取り巻く中東の安定は日本のエネルギー安全供給にとって死活問題だ。日本の首相がテヘランに乗り込み、米イラン間の政治的緊迫を少しでも緩和できれば日本外交の大きな成果となる、と一部で期待されている。

②イラン側はトランプ米政権との対話を拒否し、米国との軍事衝突も辞さないという強硬姿勢を表明。先月16日に訪日したイランのザリフ外相 は米国との対話を拒否する姿勢を改めて強調したばかりだが、テヘランから「米国が相手を対等の対話パートナーとして尊敬を払い、理性的に対話するのならば応じる」と柔軟な姿勢に軌道修正する動きがみられることだ。

ちなみに、イランでは穏健派ロウハ二大統領と強硬派のハメネイ師、革命防衛隊との間で権力争いがみられる。イラン精鋭部隊「革命防衛隊」は米国に対抗するため中東の原油運輸の主要ルート、ホルムズ海峡のボイコットを示唆し、海峡周辺で対艦ミサイルを発射するなど強硬姿勢を崩していない。

③国賓として日本を訪問したトランプ米大統領は先月27日、イランと良好な関係を持つ日本が米国とイラン間の緊張緩和に乗り出すことに支持を表明し、「どのような成果となるか見守りたい」と述べた。安部首相のイラン訪問に対し、米国がゴーサインを出したわけだ。

トランプ大統領は、「イランは米国からの対話オファーをこれまで拒否してきた。イランが対話する用意があるならば、米国も喜んでテヘランと話し合いたい」と述べ、イランへの軍事攻撃は避けたい意向を重ねて述べている。

安倍首相は、ペルシャ民族(イラン)の面子を尊重する一方、トランプ大統領との友好関係を駆使し、米イラン両国間対話の東京開催を提案したらどうか。日本は紛争地・中東から地理的に離れている。中立的な立場で米イラン間の調停役を演じることができる。イランの核合意を検証するIAEAのトップは天野之弥事務局長だ。国際社会が注目するイランの核問題で日本が貢献できる絶好のチャンスだ。

<参考情報>
核協議はイランと米英仏中露の国連安保理常任理事国にドイツが参加してウィーンで協議が続けられ、2015年7月、イランと6カ国は包括的共同行動計画(JCPOA)で合意が実現した。イラン核合意は13年間の外交交渉の成果として評価された。

イランは濃縮ウラン活動を25年間制限し、IAEAの監視下に置く。遠心分離機数は1万9000基から約6000基に減少させ、ウラン濃縮度は3・67%までとする(核兵器用には90%のウラン濃縮が必要)、濃縮済みウラン量を15年間で1万キロから300キロに減少などが明記されている。

米国の核合意離脱表明後、イランは、「欧州連合(EU)の欧州3国がイランの利益を守るならば核合意を維持するが、それが難しい場合、わが国は核開発計画を再開する」と主張し、関係国に圧力をかけてきた経緯がある。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月3日の記事に一部加筆。