直球勝負の岩田節が満載『偽善者の見破り方』

小林 武史

ネットや書店を眺めれば、いわゆる「左翼」、「反日」、「朝日」を批判する記事や書籍が数多く見つかる。しかし、岩田温氏の最新刊である『偽善者の見破り方』(イースト・プレス)は、そのような憂さ晴らしの軽い読み物とは一線を画している。

批判対象は多岐に渡り、かつ返り血を浴びることをいとわずに著者は批判対象に鋭く切り込む。例えば、将来の総理大臣候補を断トツの知名度で突っ走る小泉進次郎衆議院議員に対してはこうだ。

小泉氏(編集部撮影)

小泉氏の実績を評価しつつも、「『平成のうちに』衆議院改革実現会議」の提言を引用しながら、同氏の国家観に疑問を呈す。「人生100年時代に向けて、年齢も性別も国籍も関係なく…」の「国籍」の箇所に注目し、将来の指導者候補として、小泉氏はどのような国家観を持っているのか表明すべきだと言うのだ。

また、昨年行われた自民党総裁選において、小泉氏は投票直前に石破茂氏への投票を明らかにした。その行動を取らざるを得なかった背景に理解を示しながらも、「策士、策に溺れる」になりかねないと直言する。

しかし、幅広い国民の期待を集め、大臣経験者でさえもが小泉氏の顔色を伺う昨今、小泉氏を痛烈な言葉で批判することは大きなリスクも伴う。それでも直球勝負で批判対象に切り込むのが岩田流である。田中真紀子氏を「街角の詐欺まがいの占い師」、鳥越俊太郎氏を「三文喜劇の道化」とは言い得て妙であり、岩田節が満載だ。

著者は古典、名著、問題作を引用しながら、様々な事象を本質的な議論へと昇華させる。例えば、小池百合子東京都知事が意図的に政敵を作り出そうとする姿を、マキャベリの「君主論」を紹介しながら為政者の常套手段であると指摘。戦後の憲法制定過程を論じる際には、GHQの一員だったワイルズによって著された「東京旋風(1954年刊)」を読み込みながら、当時憲法制定に関わった「偽善者」を炙り出す。

また、一般には読まれることのないヒトラーの「我が闘争」からメディアに踊らされる大衆という図式を読者に提示し、北朝鮮の最高指導者である金正恩氏の演説集からは理解しがたい同国の奇怪な行動を解説する。

一点注文をつけるとすれば、野党の迷走を論じるのであれば、併せて緊張感が緩み、改革姿勢と立党の原点を失いつつある自民党にも、より鋭い批判の矛先を向けてほしい。禁じ手である共産党との共闘に舵を切った野党は言うまでもないのだが、維新憎しの余り、大阪において共産党議員と一緒にマイクを握る自民党議員も、同じく批判されるべきではないだろうか。

この世の中は、数多の偽善に満ちている。偽善を見抜けるのか、それとも情報に踊らされる大衆へと堕落するのか。偽善を見抜けるか否かは生まれ持った才能ではない。訓練でいかようにも身につけることができる後天的なものだ。本書は、情報の渦の中から本質を見抜くスキルを体得する上で、有益な書である。

小林 武史 国会議員秘書