FCA・ルノー統合撤回:経営に政府はどこまで口をはさむべきか?

岡本 裕明

FCAとルノーの経営統合計画がこれほどあっさりと撤回されると誰が思っていたでしょうか?普通、これだけの壮大な計画を持ち込む場合には当然ながら下準備と下調べはしているはずです。が、私が感じた今回の話は「パーンと弾かれた」という表現が似合いそうです。「全然思惑通りに進まなかった」ということでしょう。また、FCAは創業家のエルカーン会長が指揮していることで決定権は彼の腹の居所にある、ともいえました。

(FCA公式YouTube、ルノーflickrより:編集部)

(FCA公式YouTube、ルノーflickrより:編集部)

撤回の理由はルノーの筆頭株主であるフランス政府側のスタンスにあったとされています。フランスではマクロン大統領が大臣時代に主導した悪評のフロランジュ法により長期株主は株主の権利が二倍になるという法律があります。これを盾にフランス政府が企業への関与を強めることで企業の経営の自由度は狭まります。

マクロン大統領にしてみれば自動車のように雇用を生み出す産業は国内経済の安定、ひいては政権の安定化を目論むには好都合でありますが、企業からすれば国際的コングロマリット化が大きく立ち遅れることは自明の理でありましょう。日産が本件でフランス政府の意図するルノーとの経営統合に拒絶感を示し、水面下で日本政府とフランス政府の神経戦が行われたのは国際企業において政府が出てくれば相手方政府も必ず出てくることをマクロン大統領は甘く見たとしか思えません。

今回のFCAの撤回の流れを端的に見れば5日のルノー取締役会で経営統合が決議されるところでありましたが、フランス政府が日産を口説くために時間が欲しいと要求。その取締役会での決議を留保させました。フランス政府側は6月8日からの福岡でのG20財務相会議でルメール財務大臣が日産の姿勢に関して日本政府と協議することを目論んでいました。

これをFCAが嫌ったというのが一つの理由です。もう一つは取締役会で組合を代表する役員などからの様々な要求があがる中でフランス政府がフランス企業を有利に展開することを一義とし、FCAとの協調路線がおざなりにされたことにFCAが憤慨したということではなかったでしょうか?

今回の統合劇ではFCAのおひざ元のイタリア政府も介入する姿勢を見せていたとされており、一企業の経営統合があまりにも複雑な要素を抱えすぎていることは欧州企業の成長戦略に大きな足かせとなることが明白になったといってよいでしょう。

ところでご記憶にあると思いますが、ドイツでは同国1位のドイツ銀行と2位のコメルツ銀行を合併させようとドイツ政府が画策していました。理由は経営不振のドイツ銀行を放置できないこととコメルツはドイツ政府が大株主として支配下に置いているからであります。この交渉も割とすぐに破談を迎えました。

今、ドイツ政府が支配するコメルツ銀行はその次の結婚相手先としてオランダの金融大手INGとの経営統合を画策していると報じられています。興味深いのはその水面下の話は銀行同士の話ではなく、両国の財務大臣レベルの交渉となっている点でしょうか?見合い結婚を目論むのが欧州のやり方なのでしょうか?

アメリカでよくみられる巨大合併も当然ながら政治的要素は加味されます。しかし、その内容とは独占的支配、国家安全や機密保全といったことが主眼であり、欧州で議論されている国家主導型企業合併とは体質を異にします。

欧州経済が立ち遅れている理由はあまりにも政府が深く関与し、企業の利益を政府利益に付け替え、影響力を維持することを当然としているところにあるかもしれません。

私からすれば企業にとって魅力的な国家や地域には企業はこぞって進出する一方、政府が関与を深めようとするところからは足を洗う、というのは自然の摂理ならぬ「企業の摂理」だと思っています。企業を縛り上げ、そこから生まれる利益を吸い上げることを政府の誇りとするのか、大きな枠組みの中で企業の自由な活動を保証することで結果として大きな利益を生み出すのか、そこから生み出す結果はあまりにも違い過ぎます。

政府がやるべきことは個々企業への関与ではなく、大所高所からの成長戦略であることは言うまでもないことを今回、改めて見たような気がします。

では、今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2019年6月7日の記事より転載させていただきました。