「イージス・アショア」の配備計画を巡り、防衛省の失態が続いている。
5月末に公表した適地調査の結果において、19候補地のうち9カ所で山頂までのレーダー波照射角度(仰角)を過大に算出していたという。
さらに、6月8日秋田市で開かれた陸上自衛隊新屋演習場への配備についての住民説明会では、防衛省の職員の一人が居眠りをして住民側参加者から怒りの声が上がり、一層の非難を浴びている。
調査ミスも残念だが、その後の住民説明会における防衛省職員の居眠りに至っては、何か事情があると思わざるを得ない。今回はこの件について整理したい。
なお、「なぜTHAADではなくてイージス・アショアなのか」、「なぜ首都や原発を防衛する上で予想される軌道直下の石川県や福井県ではなく山口県と秋田県なのか」、「費用は本当に安いのか」、「飽和攻撃に対応できる弾数なのか」などのミサイル防衛システム自体の評価については論じる資格を全く持たないので本稿では扱わない。
他候補地の適否検証に使った、衝撃的な計測方法
共同通信(6月8日配信)によると、防衛省の五味賢至戦略企画課長は8日秋田市内で記者団に対して次のように語った。
- 「グーグルアース」を地図のデータとして使った。
- 仰角を計算する際、「高さ」と「距離」の縮尺が異なっていることに気付かなかった。
- 定規で測って計算するなどしたため数値に誤りが生じた。
- 縮尺が異なっていることに気付かず定規で測り三角関数を用いて計算した。
また、河北新報(6月6日配信)によると
- 仰角が10度を超すとレーダーの運用に支障が出るとされる
- 誤りのあった9カ所は当初、15~20度*と算出していた(*候補地「山形⑯酒田市」が最大で20°(防衛省5月27日公開「秋田県・秋田市. ご説明用イージス・アショアの配備について」P57 )
- 再計算の結果、4カ所は支障のない範囲になったがインフラ面等で課題があるとした
上記のような説は、次の3点の疑問から俄かには信じられない。
- グーグルアースは確かに便利なので、見当をつけるために暫定データとして活用することはあり得るだろう。しかし、最終的には国土地理院や防衛省内の、正確性が担保されたデータを使用するのが妥当ではないか。
- 定規で実寸を測り計算するというのは、数値計算のみでは間違いが起きるので、それを考慮しての検算ということなら納得感が高い。しかしそれを主要かつ最終的なデータとして信用してよいのか。
- その「数値感」は鈍すぎないか。
15度といえばかなり急な勾配
例えば角度6°の坂道は、勾配約10%で、これば100m進むと10m上昇する比率となる。三角関数(度数法)で言うとtan6°≒0.1051である。今回当初算出したという15°は、三角関数ではtan15°≒0.2679、勾配では約27%となる。これは100m進むと約27m上昇する角度であり、なかなかの坂道である。三角関数(比)は高校1年生で習うがこの種の単純数値は早見表を参照して一目瞭然でわかる。高校2年生の三角関数を学習すればtan15°ならば手計算で近似値を出すことも可能だ。
鍛錬を積んでいれば計算間違いを強く疑う数値
候補地には一定の平坦な広がりが必要なので、そのような平地も含む断面で「15°」という強い角度が計算上出たならば、自らの計算間違いを疑うだろう。仮に、初めて仰角を計算したというスタッフだったのならば、そもそも基準値が自分の中にないのだから違和感の覚えようはないだろう。それでも上席の責任者が見れば、いくらかは疑問を感じる数値ではないか。なぜなら、施設と周辺環境との間の仰角は、特に新概念でもなく施設を維持管理する上で常に考慮にいれざるを得ないテーマであろう。「仰角の数値感」が養われないはずがない。
余談だが、三角関数はいつも「実務で役に立たない数学アイテム」の象徴としてやり玉にあがる。確かに一生使わない人も多いが、仕事で使う人にとっては社会に出てから極めて重要な関数である。家もビルも鉄道も飛行機もこれを正しく計算してくれる人がいるから安全に利用できることを忘れないようにしたい。
問題の「他の国有地の検討」部分
防衛省が公開した「秋田県・秋田市. ご説明用イージス・アショアの配備について」には、「なるべく平坦な敷地」を抽出したとしている。そのうえで、「②遮蔽に関する検討 周辺に、弾道ミサイルの探知・追尾の支障となるレーダーに対する遮蔽がないか」を検証しており、ここから候補地の仰角一覧が図と共に開示されている。
しかし、同資料では、この前提として、「これまでに実施したシミュレーション分析の結果、イージス・アショアで我が国全域を防護するためには、①日本海側に配置すること、②「秋田県付近」と「山口県付近」に配置することが必要であると分かっています。」としている。しかしなぜ必要なのかという物理的な理由については説明がない。ただしこのシミュレーションの詳細が開示できないことには、一定の理由があるのだろう。
住民説明会で居眠りする不自然
居眠りしたのは、防衛省東北防衛局の次長だという。幹部である。住民説明会の重要性は十分認識しているはずである。住民や説明会を軽んじている可能性は低いのではないか。むしろ、例えば長時間連続勤務の疲れなど、やむを得ない事情があったとみるべきと考える。「居眠りする職員とそれに激怒する住民」は、ステレオタイプな構図でメディアに使われやすい失敗であり、体調面も確認の上、出席者の選別はしておくべきであっただろう。
それよりも重大なのは、攻撃の際、第一撃目標となる可能性への対処が「事態に応じて…直ちに展開します」という決意表明にしかなっていない(参照:防衛省公開資料P85)ことであり、幸いそのことを騒ぐメディアもないがこちらの説明をもっと聞きたい。
2つの失態から連想する背景
機密事項にまつわる情報は全部開示されるわけはないので推測が重なってしまうのだが、今回の配備は、純粋な防衛上の要求ではなく、それ以外の事情による設備と候補地の選択となっているのではないか。そして防衛省は、後付けで「他候補地の選定と、合理的な理由を伴う他候補の却下」を演じさせられているのではないか。その「虚しさ」や「心理的抵抗感」がこのような仕事ぶりの横顔になっているのではないか。
山口県にしても秋田県にしても、イージス・アショアの配備候補地として、唐突に浮上し(参照:平成30年6月防衛省発表資料)、候補地側の戸惑いや反発の声に応じて後から他候補のスクリーニングと適地検討を行っているからだ(参照:平成30年8月27日防衛省発表資料「イージス・アショアに関する7/23の御質問に対する回答」)。
また、候補地も、攻撃が最も懸念される首都圏や原発密集地帯を防護するならばその予想軌道直下が適地だと思うのだがそれは初めから除外されている。山口と秋田の選定が、むしろグアムやハワイへの弾道ミサイルへの対処に見えてしまうのはなぜか。
「要素X:何等か事情で先に候補が決まっていた」という、我々には不可視な事情を仮想すれば全て腑に落ちるが、その証拠がない。
「38度線」が対馬になることに真剣に対応
友軍を青軍、敵軍を赤軍とすれば、その境界線が曖昧な場所は紫に見えるのだろうか。
対馬の海が青から紫に変色することも想定するならば、朝鮮半島に配備されているTHAADが運用できなくなる事態も考えるべきであり、その際日本のミサイル防衛システムは日本のみならず米国にとっても重要性が一層増す。イージス・アショア問題は、極めて真剣な国防上の論点だ。
百十余年前には、国運を懸けた高地の攻防があった。海抜わずか203メートル。榴弾砲の角度計算も命がけだっただろう。国民も防衛省も今一度爾霊山に思いを致すべきだろう。
田村 和広 算数数学の個別指導塾「アルファ算数教室」主宰
1968年生まれ。1992年東京大学卒。証券会社勤務の後、上場企業広報部長、CFOを経て独立。