米仏友好の木、ホワイトハウスのオークが枯れた

マクロン仏大統領が昨年4月23日、米国を国賓として訪問した時、フランスからプレゼントとしてオーク(日本語ナラ)の苗木を持参し、トランプ大統領と共にホワイトハウスの庭園で植樹の式典を行った。あれからまだ1年余りしか経過していないにもかかわらず、オークの苗木が枯れてしまったというニュースが流れてきた。

オークは植樹式典後、外国からの植樹の場合、検疫のために特別の場所に移される。そして正式にホワイトハウスの庭園に移そうとしたとき、オークが既に枯れていることが分かったというのだ。

落葉樹のナラの総称で英語ではオークと呼ばれるが、欧米では床材、家具ばかりか、ワインやウイスキーを保管する樽にも利用される樹木だ。マクロン大統領がフランス北部から贈り物として運び、植樹したオークが1年余りで枯れたというのは通常ではない。

「人間が犬を噛んだ」と同じ類のニュース性があるとして、「ホワイトハウスの庭に植樹されたオークが枯れた」というニュースは瞬く間に通信社から世界に配信された。当方が毎日読むオーストリア代表紙プレッセばかりか、大衆紙のエステーライヒ紙、そしてメトロ新聞ホイテにも写真付きで掲載されていた。

「枯れたオークの木」がなぜニュース・バリューがあるのかを以下、考えてみた。

①ホワイトハウス専属の庭園師がケアを忘れたということは考えにくい。外国のゲストから送られた苗木の世話はホワイトハウス専属の庭園師ならば如何に重要かを知っている。一種のVIPの樹木だ。庭園師がたまたまフランス嫌いだったということはあり得るが、説得力は十分ではない。

②オークは米国とフランス両国の友好関係を示す象徴的なプレゼントだった。それが1年余りで枯れたということは、米仏両国の現状を象徴的に表しているという解釈も成り立つ。オークはワインの樽にも利用される優良材だ。そしてトランプ大統領は10日、フランス製ワインに対して米国製ワインと同様の関税をつけると脅したばかりだ。その直後、ワインの樽にも利用されるオークの木が枯れてしまった、というニュースが流れてきたわけだ。何か象徴的な因縁を感じる。

ちなみに、欧州連合(EU)は米国製ワインに対し1瓶0・11から0・29ドルの関税をかける一方、米国は欧州製ワインに対し1瓶0・053から0・127ドルと低い関税だ。

③フランスから運び込まれたオークは第一次世界大戦時、多くの米軍兵士がフランス軍と共にドイツ軍と戦った北部地域の森林から運ばれたという。その地域で2000人以上の米軍兵士が戦死している。米軍兵士の血が流れた土壌から成長したオークがホワイトハウスの庭園に運ばれたのだ。亡くなった米軍兵士はオークとなって米国に帰国したわけだ。しかし、戦死した米軍兵士には様々な悲しみや恨みがあったはず。暗い記憶を背負っているオークの苗木だけに、通常のようにのびのびと成長できず、1年余りで枯れてしまった。何か不気味な因縁を感じる

④トランプ大統領とマクロン大統領の関係は政治的信条ばかりか、性格、年齢の差も大きい。マクロン大統領はトランプ大統領夫妻がフランスを訪問した時には最高のもてなしをしたつもりだったが、安倍晋三首相のようなもてなしからは程遠いものだった。トランプ氏にとって、マクロン氏は余りにも知性的であり、EUへの思い込みが強すぎる。話はうまく進まない。

その両者の不協和音、不一致がオークの苗木にも反映し、成長できずにホワイトハウスの庭園で1年余りの短命で枯れてしまった。木は何でも知っている。オークの苗木はトランプ氏とマクロン氏の人間的葛藤を感じてきたのだろうか。何か人間と万物の歴史的な因縁を感じる。

ノルマンデイ上陸作戦75周年式典で会合したトランプ大統領とマクロン大統領(2019年6月6日、フランス大統領府公式サイトから)

大統領や首相は植樹の式典に参加する機会が多い。2年前、イタリア共和国トレンティーノ=アルト・アディジェ州トレント自治県の北東部に位置するヴァル・ディ・フィエンメ谷から採木された松がクリスマスツリーとしてローマのヴェネツィア広場に運び込まれたが、樹木の専門家が直ぐにその松の木が枯れていることに気が付いた。そのため、ローマのブルジニア・ラッジ市長は市民から口悪く罵られた。植樹の式典は政治家にとって命とりになってしまうことすらあるわけだ(「クリスマスツリーは枯木だった」2017年12月21日参考)。

ホワイトハウスのオークの場合、どのような対応がされるだろうか、マクロン大統領は直ぐに新しいオークの苗木を米国に送るだろうか、それとも現在の米国とのワインの関税問題が解決するまで枯れたオークの苗木の引き取りを見合わすだろうか。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月13日の記事に一部加筆。