メルケル独首相は先月30日、米国のエリート大学、ハーバード大の卒業式で演説し、トランプ米大統領の政治を国際連携を無視した一方的な政策であり、自由貿易を否定する保護貿易主義的な傾向が強いと厳しく批判して、学生や教授陣から拍手を受けたばかりだが、メルケル首相が2021年、首相任期を満了した後の次期首相最有力候補者、与党「キリスト教民主同盟」(CDU)のクランプ=カレンバウアー党首は今月12日、ベルリンの独米会議で演説し、トランプ大統領の政策、特に、安保政策を評価し、北大西洋条約機構(NATO)への軍事費支出を増加すべきだと主張した。「トランプ評価」で独現首相と次期首相候補者の間に大きな相違が浮かび上がってきた。
まず、クランプ=カレンバウアー党首の見解を傾聴しよう。同党首はドイツばかりか、欧州全般に広がるトランプ批判に言及し、「トランプ氏をロシアのプーチン大統領、トルコのエルドアン大統領と同列にして批判することは間違っている。もちろん、トランプ大統領を批判できるが、米国では大統領を自由に批判する言論の自由があるからだ。ロシアではどうか」と問いかける。
そのうえで、トランプ氏がNATO加盟国に対し、軍事費の拠出を増加すべきだと要求している点について、「当然だ。NATO加盟国は2014年のウェールズの首脳会談で防衛費を対国内総生産(GDP)比2%に高めることを目標とした。それはロシアから軍事脅威を感じる東欧諸国への連帯の意思表示ともなる。NATOへの拠出は単にNATOのためというより、ドイツのため、欧州全体のためだ。強い欧州は米国の国益にも合致する」と指摘している。トランプ大統領が同党首の演説を聞いていたら、「ドイツは彼女を早急に首相にすべきだ」と言い出すかもしれない。
一方、2週間前の5月30日、メルケル首相は米エリート大学、ハーバード大の卒業式での記念演説で、自身の与党CDU党首とは180度異なる“トランプ観”を披歴している。メルケル首相がトランプ大統領を前任オバマ氏のようには尊敬を払っていないことは誰の目にも明らかだ。
メルケル首相は演説の中では名前こそ出さなかったが、トランプ大統領の米国ファーストを批判し、地球温暖化など国際連携が不可欠な問題でトランプ政権が国益第一主義であると批判、そのうえでトランプ大統領の保護貿易主義は自由貿易の脅威だと警告を発することを憚らなかった。
メルケル首相は、「嘘を事実としてはならないし、事実を嘘といってはならない」と語り、トランプ氏のフェイク情報の乱発にも言及するなど、かなり厳しいトランプ氏への個人批判となった。
欧州の知識人、政治家、そしてメディアは伝統的に米国の政治に対しては批判的だ。トランプ氏がホワイトハウス入りして以来、その傾向は一段と強くなってきた。その意味で、メルケル首相のトランプ批判は珍しくはない。興味深い点は、メルケル首相が所属している与党CDUの党首がトランプ大統領を擁護し、その安保政策を支持しているということだ。
クランプ=カレンバウアー党首はドイツ政界では“ミニ・メルケル”と呼ばれてきた。実際、昨年3月、サールランド州首相の彼女を党幹事長のポストに抜擢したのはメルケル首相本人であり、クランプ=カレンバウアー党首はメルケル首相の後継者と受け取られてきた。昨年12月のCDU党大会での党首選で勝利し、ドイツの与党党首のポストを得たばかりだ。次は首相の座だ。メルケル首相は昨年10月、任期満了の2021年には首相を降り、政界から引退すると表明している。クランプ=カレンバウアー党首が当然、その首相職を継承するものと受け取られている。
そのクランプ=カレンバウアー党首はここにきて“ミニ・メルケル色”からの脱皮を図る一方、メルケル時代に影が薄かったCDU内の保守派の意見にも耳を傾けだした。CDUは社会民主党(SPD)程ではないが、選挙では支持率を失ってきている一方、極右派の「ドイツのための選択肢」(AfD)が台頭し、勢力を拡大してきている。このまま行けば、CDUは政権を失うかもしれない。そこでクランプ=カレンバウアー党首はCDUの路線をメルケル時代の中道リベラルから中道右派へチェンジし、AfDに流れた保守支持層の奪回を図ってきているわけだ。CDUの本流回帰だ。
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「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月14日の記事に一部加筆。