宗派間対話促進の国際機関が閉鎖へ

ウィーンの一等地に宗派間の対話促進を目的で創設された通称「アブドラ国王センター」の閉鎖を求める動議が12日、オーストリア国民議会で賛成多数で可決された。これを受け、2012年11月に華々しく創設された同センターは、ウィーンの事務局を閉鎖し、他の都市に移転するかの選択を強いられることになる。

宗教・文化対話促進の国際センター(KAICIID)公式サイトより:編集部

「アブドラ国王センター」は正式には「宗教・文化対話促進の国際センター(KAICIID)」と呼ばれ、2012年11月26日、サウジアラビアのアブドラ国王の提唱に基づき設立された機関で、キリスト教、イスラム教、仏教、ユダヤ教、ヒンズー教の世界5大宗教の代表を中心に、他の宗教、非政府機関代表たちが集まり、相互の理解促進や紛争解決のために話し合う世界的なフォーラムだ。

設立祝賀会には日本から仏教代表として立正佼成会の庭野光祥・次代会長(当時)が出席した。ちなみに、世界最大の宗派、ローマ・カトリック教会の総本山バチカン法王庁はオブザーバーとして参加している。

同機関はスタートから様々な批判にさらされた。特に、同センターの提唱国3国(オーストリア、スぺイン、サウジアラビア)にサウジが含まれていたからだ。そのうえ、同センターの財政は主にサウジの拠出(年間1500万ユーロ)に依存していることが明らかになると、欧米社会では批判の声が挙がった。

サウジのイスラム教は戒律の厳しいワッハーブ派だ。実際、米国の同時多発テロ事件の19人のイスラム過激派テロリストのうち15人がサウジ出身者だった。同国はまた、少数宗派の権利、女性の権利が蹂躙されていることもあって、人権団体やリベラルなイスラムグループから国際センターの創設は「サウジのプロパガンダに過ぎない」という批判が飛び出した。

例えば、「KAICIIDはシリア内戦に対しこれまで何の見解も公表していない」という批判の声が聞かれた。スンニ派、シーア派、クルド系など宗派・民族の違いが内戦の背景にあるにもかかわらず、KAICIIDが沈黙していることへの不信だ。サウジはシリア内戦では反アサド政権の立場で反体制派グループに財政、武器を供給してきた。

最近では、昨年6月の女性の権利要求デモで7人の女性が拘束されたこと、反体制派ジャーナリストのジャマル・カショギ氏暗殺事件(昨年10月2日)、ティ―ンエイジャーの死刑判決には大きな批判の声が出たばかりだ。

ホーフブルク宮殿で開催されたKAICIID創設祝賀会(2012年11月26日、撮影)

設立祝賀会では、サウジのファイサル外相(当時)が、「さまざまな宗派が結集するセンターは歴史的な役割を果たしていくだろう」と期待を表明。ゲスト参加した国連の潘基文事務総長(当時)は、「宗教リーダーが紛争解決で重要な役割を担っている」と激励した。

また、ユダヤ教ラビのゴールドシュミット師は、「世俗社会となった前世紀(20世紀)、人類は2つの世界大戦を体験した。21世紀に入って宗教が再びリターンし、社会の重要な役割を果たしていくだろう」と語ったのが印象的だった。

同センターの創設はオーストリアのファイマン政権下で行われた。当時の与党社会民主党と国民党が支持し、スぺインとサウジの2カ国が共同創設国に参加することで決定した経緯がある。そのホスト国のオーストリアの国民議会がKAICIIDの閉鎖を求める動議を可決したわけだ。同動議は社民党、自由党、ネオスの3党が提出した。

それに対し、同センターの理事メンバーの1人、英国のユダヤ教ラビ、ダビッド・ローゼン師は、「信じられないほどの偽善だ。7年前には創設を支援した国が今度は閉鎖を求めるとは」と厳しく批判している。同師は、「センターは政治的問題に対応する目的で創設されたものではない。そのうえ、同センターはサウジの民主化にも貢献している。オーストリアがセンターを好ましくないと思うならば仕方がない。加盟国が協議して今後の対応を決定することになるだろう」という。

同センターは、ドイツの「キリスト教民主同盟」(CDU)の姉妹政党、オーストリアの国民党の強い働きかけがあって創設されたが、創設当時から社民党はサウジの人権蹂躙を批判する一方、極右党「自由党」はサウジ主導の同センターには批判的だった。国民党と自由党から成るクルツ連立政権が先月崩壊したことを受け、自由党は今回、同センターの閉鎖動議を社民党、ネオスと共に提出したわけだ。ただし、オーストリアでは9月29日、前倒しの総選挙が実施される。その結果次第ではアブドラ国王センターの閉鎖の見直しが出てくるかもしれない。

ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年6月18日の記事に一部加筆。