スポーツは音楽業界とは異なるチケット再販モデルを志向すべき

鈴木 友也

今月14日にチケット不正転売禁止法が施行されました。簡単に言うと、興行主が「特定興行入場券」に指定したチケットは、興行主の許可がない限り転売が違法になるというものです。

この法律の成立には、いわゆる「転売ヤー」の取り締まりを求める音楽業界の意向が強く反映されているようです。しかし、結論から先に言えば、スポーツ界はチケット再販では音楽業界とは異なる道を模索し、音楽業界とは差別化した再販モデルを志向すべきだと思います。なぜなら、チケット販売モデルが音楽業界と異なるからです。

チケット再販の日米の違いについては、以前日経ビジネスにも寄稿しました。

神宮球場サイトより:編集部

日経ビジネスのコラムでも指摘しましたが、音楽業界との最大の違いは、スポーツ業界の商品(チケット)の反復性が非常に高い点にあります(同じ顧客層をターゲットに同じ興行主が同じ市場で同じ商品を売る)。プロ野球なら年間140以上の試合があり、ホームゲームは70試合以上もあります。

著名なアーティストでも、全国ツアーという形で場所を変えて公演を行うのが普通です。同じ会場で年間70回以上も公演を行うアーティストなんてまずいないでしょう。

こうした興行形態の違いから、チケットの販売手法も音楽業界とスポーツ業界では大きく異なる部分があります。端的に言えば、シーズンチケット保有者(Season Ticket Holder=STH)の存在やその重要性です。

スポーツの主な興行収入にはチケット収入以外に、協賛収入やテレビ放映権収入、グッズ・飲食収入などが挙げられますが、チケットが売れることが、それ以外の収入源が潤う前提となります。つまり、チケット販売はその他の収益源にキャッシュという血液を循環させる心臓のような役割を担っています。

そのチケット販売の中でも、最重要顧客となるのがSTHです。公式シーズンが始まる前から全試合のチケットを購入してくれる(1試合も開催される前から球団にキャッシュインしてくれる)STHの存在は、球団経営に大きな安定をもたらしてくれます。

スポーツ興行の最大の特徴であり難点は、商品の品質を保証できない点にあります(必ず勝つチームは作れない)。こうした不確定要素が前提のスポーツ興行では、1試合毎に単券を販売しているだけでは、チームのパフォーマンスや天候リスクを十分に回避できず(チームの成績が落ち込んだり、天気が悪いとチケットが売れなくなる)、球団経営の一丁目一番地であるチケット収入が安定しなければ、他の収益源も含めたトータルでの球団経営の安定性・継続性が損なわれます。

言い方を変えれば、こうしたリスクを承知の上で全試合のチケットを購入してくれるSTHは球団にとって最も大切にすべき顧客であり、STHの比率を高めるとともに、彼らに最大の利益を提供することが事業戦略上極めて重要になるわけです。

つまり、スポーツ業界がチケット再販モデルを設計する上でより重視しなければならないことは、転売ヤーの取り締まりではなく(これが重要ではないという意味ではありません)、STHへの最大利益の提供なのです。

米国のメジャースポーツでは(競技や球団にもより違いはありますが)、観客収容数の5~8割程度はSTHであるケースが一般的です。チケット販売でも、シーズン開幕前はとにかくシーズンチケットを中心に販売し、開幕後はグループチケット(団体を相手にしたチケット)やパッケージチケット(複数の試合を組み合わせたチケット)、企画チケットを販売し、最後に単券を売るというのが基本的な販売戦術になります。

一方、日本の場合はSTHをメインに据えた販売が必ずしも行われておらず、どちらかというと球団はファンクラブ中心にチケットを売っているケースが一般的でしょう。そのため、日本のプロスポーツ界ではSTH比率は多くても2~3割程度と言うのが私の感覚値です。STH比率が低いのは、球団が慣習的にチケット販売をプレイガイドに委託してきた歴史とも関係があるように思います(話が逸れるので、これは別の機会に)。

こうした現状の日本のスポーツ界にとって、チケット再販制度の整備は、「将来的にどのようなチケット販売戦略を考えますか?シーズンチケット販売モデルを志向しますか?それとも、従来通り単券販売モデルで行きますか?」という問いに等しい訳です。しかし、僕の知る限りスポーツ界でこうした議論が十分に行われた形跡はあまりなく、盲目的に音楽業界がリードする現行のチケット再販モデルに追従してきたような印象があります。

半年前に全試合のチケットを買ってくれた人と、今日チケットを1枚買ってくれた人の球団経営における重要度は異なります。スポーツ興行では、STHをより買い求めやすい環境を作る一貫として、いつでも行けなくなった試合のチケットを再販できる仕組みを用意しておく必要があるのです。購入額より高い金額で再販できてむしろ当たり前です。今日の100万円と半年前の100万円では価値が異なるのと同じことです。

チケット不正転売禁止法では、興行主が「特定興行入場券」に指定した場合、入場時に本人確認を実施することが努力義務として求められています。しかし、本人確認が厳しく(面倒に)なればなるほど、再販しづらくなるSTHへの提供価値は下がります。スポーツ界はSTHの存在という特殊性を理解し、このトレードオフの関係を上手くバランスできる独自の再販モデルを志向すべきでしょう。

米国では、NFLは既に昨シーズンから紙チケットを全廃してデジタルチケットに完全移行していますし、他のメジャースポーツも今から1~2年程度でチケットは全てデジタル化されるようなスピード感で動いています。米国の様に、「スマホで正規のチケットを保有していれば本人と見なす」程度で僕は十分だと思います。もっと言えば、公式シーズンのチケットは、特定興行入場券の指定すら不要かもしれません。

日本のスポーツ界は音楽業界とは異なる道を模索し、STHの最大利益に配慮した流動性の高い、顧客志向の独自のチケット再販モデルを志向すべきだと思います。


編集部より:この記事は、ニューヨーク在住のスポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2019年6月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。